オバマ次期大統領は歴代のアメリカの大統領のなかで、アメリカ・インディアンの部族の一員として迎え入れられる初めての人物となるらしい。クロー族が彼に与えたインディアンネームは「大地のいたるところで人々を助ける男(One Who Helps People Throughout the Land)」だそうだ。
こないだミックスが終了した「ユートピア」という曲のなかに「僕の名前は“あくびする猫”/羽飾りの占い師が僕をそう呼ぶんだ」という歌詞がある。一緒に作業していた人は「“羽飾りの占い師”とはえらく乙女チックな」と思っていたらしいが、僕が熱くインディアンの話をしてそのフレーズに触れたときに初めて真意を知り、歌詞カードにインディアンの挿絵かなにかを入れたほうがいい、伝わりやすくなる、と僕にアドバイスをくれた。
自分が当然のように使う言葉は相手にとって未開の領分だったりするから言葉はもっと大切にしないといけない。目と目で通じ合うことがあっても僕らのコミュニケーションは言葉に帰結することのほうが圧倒的に多い。
Posted by monolog at 03:10│
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中川五郎さんも、著書「友人のような音楽」にて「音楽的なことより言葉重視なんだ、自分は」というようなことをおっしゃっていました。私も年々、その傾向が強まってきています。もっと言ってしまうと、言葉と同時にその人の生き方までも読み取ろうとしています。
大袈裟だと思うでしょうが、作った人と同じくらいのテンションまたは想像力を、受け取る側も持っていなければ、作品を楽しむことは出来ないのではないでしょうか。