


僕の部屋のCD棚にある高橋徹也のシングル『愛の言葉』は僕が1999年まで勤めた映像制作会社の倉庫の片隅に積み上がっていたサンプル盤の中からこっそり持って帰ったものだ。PVの撮影現場で1997年に知ったそのシンガーソングライターの、およそシングル曲とは思えないとっつきにくい曲、フィッシュマンズの茂木欣一さんがドラムを叩いていた。季節は僕にとってGOMES THE HITMANでデビューしたばかりの春で、高橋徹也氏(以下タカテツさん)にとってはこのシングルが結果的にメジャーでの最後のリリースだったはずだ。
先週タカテツさんはうちに遊びにきたのだけど、カバンから布にくるまれた何かを取り出したので僕はなんだか美味しいものでも入ったお重か何かか?と覗きこむとそれは彼のMacBookで、「初めてパソコン持って外出した。なんか、かっこいいね、パソコンって」と話しだすので、やっぱりこの人どうかしている。結局僕らはイギー・ポップの最新ライブなどをYoutubeで観て、あまりにかっこいいので僕は唸り、タカテツさんは「おれ、最終的にはこういうふうになりたい」と画面に見入った。その日の会食中、下北沢CLUB QueでのSo Many Tearsとの共演で合同セッションがあると聞いてとてもワクワクした。
果たしてそのライブ当日、下北沢のステージ上の高橋徹也にはイギー・ポップの精神が憑依していた、と僕が思うのは数日前のそのやりとりがあったからかもしれないが、ペダルスティールギターを加えたバンドセットでの演奏は強靭で、そしてとにかく彼の歌は本当に素晴らしく、こんな優れた音楽家と同胞意識を共有していることを光栄だと感じた。タカテツさんのステージが終わって、ふと後ろを向くとそこに元フィッシュマンズの小嶋謙介さんがいらっしゃって「高橋くん、すごいよかったね」と言葉を交わした。小嶋さんとはプロレス関連のイベントで偶然初めてお会いした後、渋谷の小さなDJバーで小嶋さん作のフィッシュマンズ「あの娘が眠ってる」を本人を目の前にして歌う機会があったりして、仲良くしていただいている。
フィッシュマンズの茂木さんと柏原さん、スカパラ加藤さんのSo Many Tearsを観るのは初めてだったのだけど、なんだか走馬灯のようにいろんな記憶が巡った。僕が初めてフィッシュマンズを観たのは『ORANGE』というアルバムが出た後の1994年の冬で、ギター小嶋さんはもう脱退していてカスタネッツ小宮山さんがギターをサポートしていた。場所は千葉、市川CLUB GIOという今はもうないハコで、それが僕が一番狭い空間と至近距離で観たフィッシュマンズのライブだった。それから20年以上経って、この日はやっぱり茂木さんと柏原さんのリズム隊をCLUB Queで体感しているということに痺れた。タカテツさんと加藤さんの青春もしかり、いろいろなメモリーズがクロスオーバーしていたはずだ。とにかくSo Many Tearsはとてもかっこいいバンドだった。
アンコールのセッション、16年前に僕がこっそり会社から持ち帰ったCD「愛の言葉」を初めて生演奏で聴いた。僕は夜に打ち合わせの約束があったのだけどセッションが続いて待ち合わせ時間を過ぎても途中で会場を抜けることができなかった。そして最後の合奏はフィッシュマンズ『ORANGE』のオープニングナンバー「気分」。この曲を選んだのはタカテツさんだ。「学生気分も抜けて髪も伸びたね」と20年以上の時間が経ってもそらで歌える。最初から最後まで僕も客席で一緒に歌った。高橋 “イギー・ポップ” 徹也が歌う「気分」は掛け値なしに素晴らしかった。感動した。
終演、急いで飛びでて打ち合わせ場所に走ったがメンバーの半分が終電の都合で帰っていて悪いことをした。ごめんなさい。「いやあ、ライブが素晴らしくてさあ…」とため息をつくと「知らんがな」と呆れられたが、とても良い夜だった。さんざん無理して手に入れたこの歌は世界の果てが見えても止まりはしないさ、と僕らはずっと思っているのだ。