2016年06月19日

太宰の桜桃忌とポチの夏物語



6月19日の今日は愛猫ポチの命日、三回忌を迎えました。2年前の今日、朝一番にかかりつけの動物病院に電話をかけて「ポチが今よりも楽になる可能性があるならなんでもしてあげてください」と伝え午後に病院へ連れていった。三鷹の深大寺へ当病平癒の願掛けをして、奇しくもその日は太宰治の命日、桜桃忌だったので帰り道に禅林寺に寄ってお参りをしたのです。ありとあらゆるすべての神にすがろうと思ったんですね、そのときの僕は。結局ポチはそのまま病院で旅立ち、太宰の桜桃忌とポチの命日は同じ日に。不思議なことにポチが亡くなってすぐ、偶然にも友人が山形からサクランボを一箱送ってくれて、2年前から6月は僕にとってサクランボの季節になりました。

来月リリースの『pale/みずいろの時代』のクロージングトラックに「Qui La La の夏物語」という曲を収録しました。気恥ずかしくなるくらいキラキラしたポップソングですが、命がけて書いた言葉。歌詞には太宰が登場します。雨ふり、水無月、桜桃忌も過ぎて、「太宰ならこう言うさ」のあとに続く「恋と革命のために生まれてきた」というのは『斜陽』のなかから引用したフレーズです。そして小説『猫と五つ目の季節』には同じく『斜陽』から「生きている事。 ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。」という言葉を引いたから、ポチと太宰は僕の中で繋がっている。



Posted by monolog at 12:17│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
山田さんとポチさんは確かに愛し合っていた日々があった…。過去は忘れて前へ進めと言われたりするのですが、忘れないほうがいい美しい想いもありますね。そこに真実があるからみんな魅かれるのでしょう?。
楽しいライブが始まっている中、私はインスタのハルカゼ舎の日めくりを見て、「ポチの子守歌」を歌ってみました。歌詞カードを見ながらアカペラで歌ってみると、いかに歌えないかが丸解り(^^;)。それでも何度も歌っているうちに猫がそばにやってきて聴いてくれているように見えたので、その気になり、歌の方も形になってきて(?)、歌詞を味わう余裕も出てきました。「僕たちはまるで揺れる船の上 つないだ手 最後まで離さないよ」、心がじーんと震えました。「こっそり泣いても構わないさ」も。改めて、終わりの言葉が「すべてうまくいくさ」で本当によかったと思いました。自分がこの世を去る時も聴きたいですが、治る病気の時にもいいかもしれません。
桜桃忌である6月19日は太宰治さんの誕生日でもあったのですね。「Qui La La の夏物語」、何度も聴いてみました。猫は聴き入っているようでそばにずっといます。どうやら好きな曲のようです。歌詞が表示されるのを見ながらこちらも歌ってみました。確かに気恥ずかしい。でも慣れました。とても楽しいです!(^o^)♪。
Posted by motokoishita at 2016年06月19日 20:39