
いつものように窓際でひなたぼっこをしていたポチ実が、突然「ウウウウ」と唸り声を上げ始めた。一心に窓の外を見つめ、尻尾がタヌキのように膨らんでいてかなり興奮している。「なになに?どうした?」とひざまずいて、彼女の視線をたどると、なんとそこには半年前に姿を消してからまったく音沙汰のなかったチミママの姿があった。チミママ、生きていた!僕もポチ実と同じくらい驚いてドキドキして、心の底から嬉しかった。チミママはポチ実の母猫。TNR(T=捕獲して、N=不妊手術して、R=解放)を受けて地域猫になったが、その安否がわからず心配していたのだ。
チミママは僕らの大慌てぶりを冷静沈着なその瞳で見つめた。僕はバタバタと戸棚からキャットフードを探して皿に盛り、ポチ実はフンフンと鼻息を荒くして硬直している。「チミママー、ご飯だよ」と声をかけて庭先に皿を置くと、しゃなりしゃなりと歩いてきて鼻を突っ込んだ。毛艶はいいけれど、少し痩せただろうか。少し表情に険があるように思えたが、相変わらずチミママは美しいキジ白模様の猫だ。耳の後ろを怪我しているように見える。赤い血が滲んでいて、とても痛そう。ペロッとご飯を食べたチミママは僕とポチ実を一瞥して、さっと踵を返して、塀を乗り越え屋根をつたい、またどこかへ消えていった。ポチ実の興奮ぶりと言ったら…。忘れていたエキサイトメントを思い出した!という感じ。本来猫は親離れ、子離れすると血縁関係を忘れてしまうというけど、このふたりの間には声なきコミュニケーションがある、と僕は思っている。


僕はLUMIXのカメラでチミママの後頭部の写真を写し、その写真を持って近藤さんと一緒に動物病院に出かけた。みんながこの町の地域猫であるチミママのことを心配している。先生の見立てでは夏の間に蚊に刺された部位が炎症を起こしているのではないか、とのことだった。チミママのだいたいの身体の大きさを考慮して、あらためて消炎効果のある薬を処方してもらう。寒くなって蚊がいなくなれば自然と治まるだろうという楽観的な診断がとても嬉しかった。なんだか、チミママとの距離がぐっと縮まったような気がするのが不思議。
その後チミママは数日続けてやってきたかと思うと、また3、4日ブランクをあけて現れたり、かなり気まぐれに僕らの庭に姿を見せる。「チミママが帰ってきた!」という言葉とともに僕が投稿したインスタには大きな反響。「よかった!」「心配していました」「生きていた!」とコメント欄が湧いた。会ったこともない、飼い主もいない猫のことをこれだけ気にかけてくれる人たちがいるなんて、世の中捨てたものではないね。チミママが庭先に現れるたびにポチ実はフンフンと鼻息を荒くし、リビングとベランダを行き来し「ママーン!」と語りかける。「チミママのご飯に」とフードを持ってきてくださるファンの方がたくさんいて、とても助かっている。
チミママ、冬が始まるよ。ここは猫町、猫騒動は果てしなく続くのです。
