2017年01月12日

世界の終わりの終わり



昨日のこと。お昼からギタリストの橋本哲さんに付き合ってギター工房へ出かけた。僕のMartinもお世話になっている腕利きのリペアマンのお店。アコギのピックアップの取り付け方についての相談だったのが、いろんな他の問題点や危惧すべき場所が見つかって、まるで歯医者さんみたいだった。銀歯が取れたのを直してもらおうと思ったら他の場所に虫歯が何個も見つかったみたいな? 哲さんのギターは1965年製、そりゃガタも来るよ、と慰める(僕が新年に買ったギターも1965年製だから他人事ではない)。その後、哲さんがうちに遊びにきて初めてポチ実と対面。猫好きな哲さんもポチ実のカチカチに凍った心を溶かすことはできなかったのでした。

夜になって、一昨日のオバマ大統領の最後の演説に続いて、この日はトランプ次期大統領の当選後初の記者会見をテレビで眺める(ここからは僕の個人的雑感、それについて誰の感想も相槌も必要としません)。僕は中学生の頃から30年愛してやまないR.E.M.というバンドのせいで、さらには大学で英米語学科という偏った専攻だったこともあり、アメリカ大統領選挙が大好きで(「好き」というのは語弊があるかもしれないが)四年に一度の楽しみ(「楽しみ」もちょっと違うか)だ。ブッシュ政権が2001年から2009年まで続いたときの、R.E.M.をはじめとする米国ミュージシャンたちの暗澹たる苦悩を僕は遠く日本から自分の国のことのように感じながら眺めたものだ。ブルース・スプリングスティーンやニール・ヤング、ジャクソン・ブラウンにジェームズ・テイラー、R.E.M.やブライト・アイズなど多くのミュージシャンが参加してVOTE FOR CHANGEという反ブッシュコンサートをやってもその願いは叶わなかった。

だから2009年にオバマが大統領に選出されたときには、ようやく自分が好きな音楽家たちがサポートする政治家が夢を掴んだことが嬉しくて、これまでよりも少し晴れやかな世界についてイメージを巡らせたりもした。僕にとってオバマはロックスターみたいなものだったのかもしれない。一昨日のオバマのフェアウェル・スピーチはとても感動的で泣きそうになった。オバマといえば有名なフレーズは「Yes We Can」と「Change」だが、彼は「変化をもたらす力があることを信じよう。それは大統領である自分にではなく、国民みんなのなかにある」と最後の言葉を締めくくった。それに対してトランプ次期大統領の立ち居振る舞いは相変わらずで、弁護士が説明をし始めたところで僕は眠ってしまった。

ブッシュ政権の暗雲の下では怒りを燃料とした素晴らしいレコードが生まれた。これからひとまず四年のトランプ政権のもとで、僕の大好きなアメリカ音楽が屈強な精神で芸術的レジスタンスをしてくれるだろうと期待する。そのことが僕にとって一番前向きな希望だ。僕が30年前にR.E.M.と出会った運命の曲は「It's the End of the World as We Know It(and I Feel Fine)」、みんなが知ってるとおりこれが世界の終わりだ(でも僕は気分がいい)と歌う歌だった。2004年のブッシュ再選を境にライブで演奏されることがなくなったこの歌が、1987年にも2017年にも同じようにシニカルに、しかし軽快に響くのを、僕は今夜も飽きずに聴いている。世界の終わりの終わりを想像してみる。理想ばかりの夢追い人と言われてもひとりじゃないと思いたい。

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Posted by monolog at 22:49│Comments(0)TrackBack(0)

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