オープニングの「way back home」「遅れてきた青春」「アップダイク追記」という流れは、実は2015年秋に行ったライブとまったく同じ曲順だった(けっちゃんに指摘されて気づいた)。夏の終わり、秋の始まりにはこれがGTHスタンダードなのだなと再確認。しかし残暑を感じさせる久しぶりのこの日の晴天を受けて「今日までが夏」宣言、そして「光と水の関係」「何もない人」と『weekend』楽曲を。橋本哲さんが加わって5人編成になって「太陽オーケストラ」、ギラギラした日差しに目を細めながら、かげろうの向こうへと夏を送りました。



5人編成になって『cobblestone』期の歌を歌っているといろんなことを思い出す。僕が持っていったギターポップ然としたデモが杉さんと一緒にアレンジすることでポップスへと昇華したこと。とまどい。感嘆。音楽を作ることに関しての意識の変化。1999年から2000年へとまたぐ瞬間(2000年問題!)をスタジオで過ごしたこと。17年後の今になって思うのは、今自分が音楽を生業として続けている起点があの時間にある、ということだ。「太陽オーケストラ」は鮮烈なイントロから一転、Aメロで突然転調して景色を変え、後半ではシタールの音さえ聞こえてくる目まぐるしいアレンジだが、こないだバリ島に行ったときに「はっ!」としたのはその湿気と日差しはまるで「太陽オーケストラ」みたいな感じだった。「午後の窓から」はキャロル・キングとジェームズ・テイラーを1曲のなかでオマージュした歌だ。僕はこの曲を書いて初めて自分が“シンガーソングライター”になったと思っている。
哲さんにギターを添えてもらって演奏した「サテライト」は2005年『ripple』(現時点でのバンドの“最近作”だ)収録の、バンド内の雰囲気が相当停滞していたころの楽曲。ぱっと聴いた感じでは軽快に響くこの歌を僕は鬱々とした気持ちで書いて、同じような気持ちで歌っていた。そこから10余年経ってみると自分のなかで意味合いが変わったことに気づいて、今ではニコニコしながら歌えるのだから何事も続けることが大事だなと思う。未発表曲「houston」は「サテライト」の続編のつもりで書いた歌。バンドで演奏するのが相応しいと感じたから、今後はGOMES THE HITMAN楽曲というフォルダに。「memoria」も5人編成、さらには満員のお客さんのコーラスにも後押しされた。まだ完成形のない曲だが、哲さんも美しいアルペジオで曲を大きくしてくれました。ここで再び4人だけの編成へ。




僕らは全員同じ東京外国語大学の出身、今年で出会って25年、なんとも大した時間だ。来年は僕がこのバンドを組んで四半世紀ということになる。MCで少しバンドの昔話をした。黎明期からのメンバーながら最初の練習をさぼった堀越、「あの頃はこの曲好きじゃなかったんだけど今聴くといいね」と暴言の高橋、ベーシストを探しているときに「山田、すごい頑張ってるからおれベース手伝ってもいいよ」と言って加入した須藤。言葉にしてみると全部のことが興味深くて面白い。「会えないかな」という大学時代から歌っている曲を4人で。この曲はほとんど毎回ぶっつけ本番なのでアレンジが全部違う。「手と手、影と影」は僕らを少しシリアスなバンドへと変遷させた曲だけど、何回歌っても自分で感動する。歌の力が勝手に育っている気がします。本編最後は「ホウセンカ」。この曲をきちんと録音して世に出すのが楽しみ。
山田稔明としてソロ活動を初めて10年経って、一人で歌うときにステージで緊張することはもうほとんどないし、毎回納得のいく歌を歌えるようになったという自負があるんだけど、バンドで集まるとその経験値のようなものが一旦リセットされて、いつも駆け出しのバンドマンみたいな丸裸の気分になるのは何なんだろうなあと毎回GOMES THE HITMANのステージのあとに思う。つんのめったり、つまづいたり、メロディを見失ったり、また捕まえたりしながら、肩で息をしながら汗かき駆け抜けてゆく感覚。きっと50歳になってもそんな感じなのだろうな。大学2年生のときに組んだこのバンドで歌うときは、痩せっぽちで丸メガネの19歳のもう一人の僕がずっと隣に立っているのかもしれないな。アンコールでは「maybe someday」。これも相当の集中力と体力を必要とする曲。メンバーみんなのコーラスも心強い。最後まで付き合ってくれてありがとう。言葉ではうまく言えないけれども。


ピアノのイントロに導かれて「雨の夜と月の光」、この曲で僕は思わずハンドマイクで歌い出してしまう。哲さんのギターも鳴っていたし、気分が高揚してしまったのだな多分。2番からギターを持とうと思ったんだけど間奏もずっと歌ってるし、結局最後までマイクを握ったまま。お客さんは総立ちになっていて、なんだかとても特別なキラキラした時間だった。こんなことならもっと立ち居振る舞いを研究しておくべきだったな。昔からのファンの人も初めてバンドを観る人も、老若男女さまざまな世代がみんなニコニコしているのを眺めるのは幸せなこと。これはステージに立つ仕事をしている僕の特権。ダブルアンコールで最後の最後に「僕はネオアコで人生を語る」。今から20年前、GOMES THE HITMANが初めて世に問うたCDの1曲目の、始まりの歌。ミラーボールが回るのを見上げて感動しました。たくさんのご来場ありがとうございました。また10月18日に下北沢で、そして12月8日(僕の誕生日)に恵比寿でGOMES THE HITMANを目撃してください。




撮影:祖父江綾子