2019年03月20日

なんということでもないクリント・イーストウッドの話

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先に『グリーンブック』のほうを観たかったのだけど、時間の都合で昨日急遽クリント・イーストウッド監督主演『運び屋』を観た。これが最後になるだろうと言われた『グラン・トリノ』がもう10年以上前の作品なのだからすごい。みうらじゅんさん言うところの “グレート余生” という概念があって、高齢者だけを余生というのではなくて生まれてから死ぬまですべてが「余生」だと考えると人生がもっと楽しい、ということで、何を始めるのにも、新しいことにトライするのにも早いも遅いもないのだな、と感動する。

僕は老後の嗜みとして世紀の名盤と呼ばれるレコードを聴くことを楽しみにしているのですが、今日という余生にXTCの1986年『SKYLARKING』を初めて聴いた(僕はその次の『Oranges & Lemons』からリアルタイムで聴いてる)。トッド・ラングレンがプロデュースして仲違いした問題作だけど、素晴らしかった。今まで聴かないままにしていて、そして今日聴いてよかった。20年前にリリースした『weekend』を2019年に初めてサブスクリプションサービスで聴くという人がもしかしたらいるかもしれないが、同じような感覚がそこに芽生えるのであればリアルタイムで聴かなかったがゆえの楽しみ、というのがあるのだなあと思った。

で、クリント・イーストウッドの『運び屋』の話に戻るが、そんなもの最高だったに決まっている。僕の青い車で海へ行きたくなった。劇中クリント・イーストウッドは海など行かずにアメリカのハイウェイを駆け回るわけだけど。



Posted by monolog at 23:44│Comments(0)