2019年04月18日

なんということでもない東京外大の話

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GOMES THE HITMANは東京外国語大学の軽音サークルで1993年に結成されたバンドで、それは僕が大学2年生で19歳のときだったから今年で26年になる。1999年にメジャーデビューするときにGOMES THE HITMANの学生バンドっぽさを表すには実際の学校のキャンパスを舞台にするのがいいということになって、「tsubomi」は外語大のサークル棟で撮影された。このとき我々の母校は巣鴨駅から歩いて15分ほどの北区西ヶ原というところにあったけど、翌2000年に府中に移転になった。大学時代を過ごした風景が今はもうないというのはなかなか寂しいものだ。いいこともよくないこともひっくるめて青春だった日々は記憶のなかで都合のいいように書き換えられてるが、そこにもうかつての空間がないことで、その美化は加速していくのかもしれない。GOMES THE HITMANの初期楽曲には確実にモラトリアムな学生時代の風景が刻まれているから、歌を歌うと蘇る記憶もたくさんある。

東京外国語大学が府中に移転してからは前を通ることはあってもキャンパスのなかに立ち入ったことがなかった。新しくきれいでキラキラした校舎に嫉妬とか妬みみたいなものがあったのかもしれないし、そもそもキャンパスに用事などないのです、卒業生には。それがひょんなことで今日初めて府中キャンパスに立ち寄ることになって、食堂でお昼ご飯を食べたりしていると、なんとなく「嗚呼、ここは自分の母校だな」という感慨がふつふつと込み上げてきた。理由はうまく説明できないけれど、その規模感というか雰囲気というのか、四半世紀前の感覚をふっと思い出した。

GOMES THE HITMANでメンバー4人が集まると、キャリアを重ねたミュージシャン集団っていうふうには全然ならないのが面白くて、学生バンドとして始まったわれわれはいつまで経っても学生バンドであり、いつもまったりとした空気が流れるキャンパスの記憶が拠り所になる。それは西ヶ原でもなく府中でもなく今は心の中にある。メジャーデビュー20周年というのはいろんなことを思い出させるイヤーで、それはそれで嫌なことじゃない。

Posted by monolog at 23:43│Comments(0)