2021年02月17日

スタジオの魔法|映画『音響ハウス Melody-Go-Round』

映画『音響ハウス Melody- Go-Round』を観た。音響ハウスと言えば僕にとっては笹路正徳さんと作った「饒舌スタッカート」だ。20年前のことになる。デビュー当時は何もわからないまま大きなスタジオを贅沢に使わせてもらった。スタジオのロビーや前室にあるソファに深く沈み込んでコーヒーを飲んだりお菓子を食べたり、夕飯の出前は今日なんだろうとかワクワクしたり、子供みたいにはしゃいだものだ。VAPと契約した2003年、サウンドインというスタジオをプリプロ(レコーディングのリハーサル)に使わせていただいたときにようやく初めて大きなスタジオで作業する醍醐味を理解した気がするけれど、それから以降はホームレコーディングやプライベートスタジオでの作業が僕らの音楽制作のメインになる。たくさんの予算をかけて与えられたせっかくの機会を、何も知らなかった僕はあんまり有益な経験にできなかったなあと悔やむ。

この映画を作った相原裕美監督は、僕にとっては「ビクターの大きくてこわい相原さん」である。大学卒業後に働いた映像制作会社時代に僕が全然仕事ができなくてミスばっかりする新米ADだったことに由来している。僕は相原さんが担当するアーティストのミュージックビデオの制作の末端にいくつか関わったのだけど、ずっと忘れられないのがFLYING KIDSの「ディスカバリー」という曲。MV撮影当日に演奏シーンで使うスモークマシンを載せた機材車を僕が事故して大破させてしまって(廃車に)撮影スケジュールが大幅に狂い、僕は結局その日その現場にいかなかった(病院に行ったけど無傷だった)。その数日後だったか、同時進行で進んでいた同じくFLYING KIDSの「僕であるために」という曲のMV撮影現場に出向くときの申し訳なさ、気まずはものすごかった。どんだけ怒られるかと思ったが相原さんはそのとき多分「大丈夫だったか?」とニコニコ笑ってくれた。だから僕にとって「ディスカバリー」はトラウマソングであり、「僕であるために」はなんというか、なぐさめの曲に聞こえる。久しぶりにYoutubeで見て聴いてみたけれど、あれこれいろんなことを思い出した。

音響ハウスという僕と同い年の老舗スタジオでギタリストの佐橋佳幸さんとレコーディングエンジニアの飯尾芳史さんがひとつの楽曲を完成させる過程を記録した映画。そこに名だたる名音楽家と日本のポップス界を耕していった音楽プロデューサーたちの回想が重なっていく。4リズムのベーシックトラックの上に葉加瀬太郎氏がヴァイオリンをダビングしたときの高揚感はまさにそのスタジオにいるかのような感覚、その後の葉加瀬氏の軽妙なジョークも現場をグルーヴさせてゆく。これぞレコーディング、という感じ。スタジオが主役という稀有な作品だが、最初から最後までずっとワクワクしながら観た。スクリーン越しでもスタジオの魔法を感じました。

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2021年01月19日

SONG TO SONG

こんなご時世だけれども、ふっと空いた時間に劇場に飛び込んで今年初めての映画を観た。『ソング・トゥ・ソング』という、音楽の街アメリカはテキサス州オースティンを舞台にした物語。フェスの風景だったり、観光地での賑わいだったり、確実にコロナ以前の風景がそこにあって、いろんな思いを馳せながら人のまばらな映画館の椅子に沈み込んだ。ルーニー・マーラの可憐さ。激情のぶつかり合い。

とても天気がいい日だったのに映画を観終わったら凍えるような寒さ。暦は大寒だそうだ。大寒町にロマンは沈む。

  
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2020年12月30日

山田稔明「TRAVEL IN MIND in 佐賀県基山町」をアンコール配信します

11月に制作しYoutube配信した「山田稔明 TRAVEL IN MIND in 佐賀県基山町」をアンコール配信します。今年は帰省できずに故郷を遠くに思いながら過ごす方も多いかと思いますが、ぜひ年末年始のおうち時間にわが故郷の風景とか歌をお楽しみいただけたら。オフィシャル通販STOREには未公開の映像がついてくる投げ銭も用意してあります。今年はたくさんの配信をやったので倉庫にしまったままになっているものも多いので、こんな感じでなにかアンコール的な放送をやってもいいかもしれませんね。リクエストがあればコメント欄に。それでは今一度、心の旅へ出発です!

  
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2020年11月19日

映画「ザ・バンドーかつて僕らは兄弟だった」を観た

楽しみにしていた映画『ザ・バンドーかつて僕らは兄弟だった』を観た。巷で語られるとおりロビー・ロバートソン視点で語られるバンド史。しかしそれはなんだか神話みたいな厳かさがあった。ロビー・ロバートソンは僕と同じ一人っ子なのだそうだ。「兄弟」だったバンドがそうじゃなくなった、と語る。リチャード、リック、レヴォンの3人が亡くなりガースも隠遁する今、ロビーから一方的に紡がれる物語に納得のいかないファンも多いと思うけれど、僕にはたくさんある真実のなかの確かないくつかだと感じられた。ドラッグと酒と車について想う。美しくて悲しい映画。

ハイライトは「The Night They Drove Old Dexie Down」か。レヴォンのボーカルと重なるハーモニーの力強さと儚さを同時にはらむような響き。今アメリカーナと呼ばれる音楽のすべてはザ・バンドに起因するのだな。帰宅してからもずっとバンドばっかり聴いてる。改めて『ラスト・ワルツ』を観たら全然違う印象になるかもしれない。感動した。

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2020年09月04日

mid90sと僕が過ごした時間

ジョナ・ヒル監督作品『ミッドナインティーンズ』を公開初日に観てきた。ジョナ・ヒルは先月観た『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で主演していたモリー役ビーニー・フェルドスタインの兄だ。とても楽しみにしていた映画、だけどストーリーのことはなんにも知らずに出かけた。僕をワクワクさせたのは90年代という過ぎ去った時間と空間。僕は1990年代が大好きだ。玉石混淆(石多め)のギラギラした時代、フィルムではなくビデオに記録され映し出される風景。僕の音楽的背景は1990年代に根付いていて、『memori』を作るときのキーワードも“90'sっぽさ”だった。

ロサンゼルスで繰り広げられる青春群像、憧憬と諦観と夢と失望。1990年代とは自分にとって何者になりたいか、と葛藤する時代だったけれど、スクリーンのなかの登場人物たちも同じように思い悩む。ヒップホップとオルタナティブロックで耳を塞いで気づかないふりをしながら。90年代を高校生のときに迎えて1992年に上京し1999年にバンドでデビューした僕にとって90年代とは人生の2つ目のスタートライン。たくさん背伸びをした。後戻りしなくはないが愛すべき日々だ。あと、生まれ変わったらスケートボードをやるようなタイプの人間になりたいと思ったな。

帰宅後、テレビドラマ『MIU404』最終回を興奮しながら見終えた。超面白かった。

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2020年08月26日

ブックスマート、ダイバーシティとインクルージョン

水曜日はラジオ番組を完パケて納品する日で、送信完了してしまうと何か大したことを成し遂げた気がして出かけたくなる。こういうときに手っ取り早いのは映画で、まだまだ残暑は厳しいけれど涼しい映画館で過ごす2時間は心にも体にも良い作用。コロナ禍で様々な対策と注意をしないといけないのはニューノーマル、結果としていつも空いてて変な言い方だけど、快適になったような感じさえある。

ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』を観た。ロサンゼルスの高校を舞台にした最高のやつだった。高校卒業を翌日に控えた女の子2人のバディムービー。様々な生徒たちそれぞれがキャラが立っていて魅力的で、ダイバーシティとインクルージョン、今の世の中を強く反映していると感じた。最近のニュースでもミレニアル世代(2000年代に成人した世代)の次の、Z世代(1990年代後半以降に生まれた世代)の世界大戦や原爆などに対する意識の変化が話題だったし、BLMも若い世代が追い風を吹かせたムーブメントだ。僕なんかは年齢的に「ジェネレーションX」に当てはまるけれど、それでもこの新しい青春群像劇に惹きこまれてしまった。

夜はインスタライブ。全然ライブのスケジュールがたてられない日々が半年以上続くなかで1週間に1度歌を歌う機会があることがとても幸せで、結局は自分の心の拠り所になっていることに気づく。ひとりで歌うのと誰かが観てくれているのとでは全然違うのだ。GOMES THE HITMAN楽曲から「長期休暇の夜」「緑の車」「桃色の雲」「僕らの暮らし」を歌った。20年前に書いた曲がもう一度自分に語りかけてくる感覚が面白い。

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2020年08月18日

ペット・セメタリーとセメタリー・ゲイト

昨日の夜、映画『ペット・セメタリー』を観た。小さな頃に観た1989年版ではなく、去年あらたに作られた映画、公開時に観たかったけれどタイミングが合わなかったやつだ。スティーブン・キング原作の映画ってなんでこんなにワクワクするんだろうか。もし自分の愛する猫が死んで、もし彼らが生き返るのならばどんなことでもしたいと思うだろうか。愛する家族なら?背中合わせの生と死。静かで暗く、激しい愛憎が渦巻く作品だった。ポチ実がもしペット・セメタリーから蘇って帰ってきたら、性格が変わって人懐っこくなったりして。先週末の『リメンバー・ミー』『ゾンビランド』ときて締めくくりは『ペット・セメタリー』と相成った。

墓場といえば、僕が一番好きなThe Smithsの曲は「Cemetry Gates」である。新しい歌を作るときにはいつもこの歌が僕を諭す。「If you must write prose/poems(もし君が散文詩を書くとき)The words you use should be your own(君自身の言葉であるべきだ)Don't plagiarize or take "on loan"(盗んだり借りたりしてはいけない)」。注意書きのように、道路標示のように、この歌詞がジョニー・マーのギターと一緒にキラキラとこだまするのだ。

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2020年08月15日

生きる者と愛された者

ずっと長いことDVDが手元にあったのに未見だったディズニーとピクサーによる長編アニメーション映画映画『リメンバー・ミー』。舞台はメキシコ、「死者の日」に「死者の国」に迷い込んでしまうストーリー、これを観るのはお盆の季節がいい、と思っていたのだ。アメリカ好きになると辺境のメキシコに興味を持つのも自然な流れで、僕のガラクタ箱のなかにはガイコツモチーフの人形やらポストカード、切り絵飾りとかなんとか、ちょっとどぎついカラーリングのメキシコ雑貨がたくさんある。この映画を観てあらためてその豊かな文化を垣間見た気がした。モチーフとなる音楽がどれも素晴らしく、アニーメションの苦手の僕も最初から惹きこまれて、最後は感動して泣いてた。生きるものと愛されし者=the loved one との愛の物語だった。あと、連綿と続く家族の絆についても。メキシコの「ディア・デ・ロス・ムエルトス(死者の日)」は11月1日と2日である。今年はちょっと意識してみたい。

で、そのままゴロゴロ過ごしていたら夜になって、WOWOWで2009年の映画『ゾンビランド』が始まった。僕をゾンビ映画好きにさせた作品、これも死者がゾンビに蘇り襲ってくるわけだけどお盆とはちょっとそぐわない。でもやっぱ最高に面白い。昨年公開されたけれど観る機会を逸していた、10年後に作られた続編『ゾンビランド:ダブルタップ』が続けて放送されたので大笑いしながら鑑賞。ビル・マーレーも最高。期せずして生きる者と死せる者が繰り広げるスペクタクルを眺めた一日となりました。

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2020年08月10日

卓球と犬と宇宙

夏休み・お盆休みのとっかかりの3連休、近所のスーパーに買い物に行く以外にはまったく出かけなかった。何をしていたかというとTシャツの発送とか芝生に水を撒いたりとか掃除とか、“生活”をしていたというしかない。昼間は危険な暑さで外に出れないが、猫は毛皮を着ているようなものなのに元気に庭をパトロールするし、夜は夜でずっと庭先で寝ている。大丈夫か。

山の日の月曜日、日が暮れてからは珍しくずっとテレビの前にいて、NHKでやっていた卓球の石川佳純選手の『プロフェッショナル』、BSプレミアムの『盲導犬クイールの一生』(栗コーダーカルテットが音楽をやってる)、そして変な時間に目が冴えてWOWOWで録画していたブラッド・ピットが製作と主演を務めた『アド・アストラ』という、近未来の宇宙を舞台にした映画を観た。

石川佳純選手もクイールもいちいち心が震えて、ぐすぐす泣きながら鑑賞したけれど、『アド・アストラ』は海王星への孤独な旅を追体験して、違う意味で心が震える思い。宇宙は地球から眺めていたい。絶対行きたくない。我々もその宇宙の一部ではあるのだけれど。

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2020年07月17日

山田稔明 with 夜の科学オーケストラ/GOMES THE HITMAN録画アーカイブ視聴が今週末まで

7月4日と5日に恵比寿天窓switchからライブ配信した2公演。リアルタイムでご覧いただけなかった方も録画アーカイブを観ていただける期限が今週末までとなりました。バンド編成ソロ「夜の科学 vol.59 - 光の葡萄でつかまえて」公演が7月18日、GOMES THE HITMANでのステージが7月19日まで。見応えのある内容となっていますので週末のお休みにお楽しみいただければ幸いです。

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2020年7月4日@恵比寿天窓switch
夜の科学 vol.59ー光の葡萄でつかまえて


1.太陽と満月(『the loved one』)
2.glenville(『home sweet home』)
3.home sweet home(『home sweet home』)
4.風合い(新曲)
5.月あかりのナイトスイミング(『新しい青の時代』)
6.ポチの子守唄(『the loved one』)
7.日向の猫(『新しい青の時代』)
8.光の葡萄(『新しい青の時代』)
9.小箱のなかの音楽(新曲)
10.小さな巣をつくるように暮らすこと(『DOUMENT』)
11.hanalee(『home sweet home』)
12.SING A SONG(『pilgrim』)

13.セラヴィとレリビー(新曲)
14.ハミングバード(『新しい青の時代』)

山田稔明 with 夜の科学オーケストラ
[ itoken、安宅浩司、五十嵐祐輔、佐々木真里、近藤研二]

*アーカイブ録画が7月18日までご覧いただけます


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2020年7月5日(日)@ 恵比寿天窓switch<ライブ配信>
GOMES THE HITMAN :from a distance / very close


1.believe in magic in summertime?(『down the river to the sea』)
2.baby driver(『memori』)
3.光と水の関係(『Ariola Years/weekend』)
4.猫のいた暮らし(『Ariola Years/weekend』)
5.毎日のポートフォリオ(『memori』)
6.魔法があれば(『memori』)
7.saturday song(新曲)
8.午後の窓から(『Ariola Years/cobblestone』)
9.そばにあるすべて(『00-ism/omni』)
10.手と手影と影(『00-ism/ripple』)
11.houston(『memori』)
12.ブックエンドのテーマ(『memori』)

13.遅れてきた青春(『GOMES THE HITMAN in arpeggio』)
14.雨の夜と月の光(Ariola Years/『weekend』)
15.饒舌スタッカート(『Ariola Years/饒舌スタッカート』)

GOMES THE HITMAN [ 山田稔明、堀越和子、高橋結子、須藤俊明 ]


*アーカイブ録画を7月19日までご覧いただけます  
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2020年07月13日

それでも夜は明けるのか

我が家の庭、多分今年の夏最後になる紫陽花のひとふさが咲いた。例年よりたくさん咲いてくれて鬱々とした日々に一筋の差し色をしてくれた花々よ。7月になってもだいたい毎日家にいて、「眠くなったら寝る」という時計と関係のない生活スタイルで暮らしていると真夜中変な時間に目が覚めてしまうことが多々ある。数日前も4時頃に起きて、たまたまWOWOWでやっていた映画「それでも夜は明ける」に惹きこまれてしまい、結局朝の6時までテレビの前で身動きひとつ取れなかった。この映画放映が折からのBLACK LIVES MATTERムーブメント以降に決定したものかどうかは定かではないけれど、とにかく辛く苦しい映画体験、それでも目を反らすことのできない史実に言葉をなくす。「それでも夜は明ける」というタイトルだが、ハッピーエンドとはほど遠く、それ以降現在まで続く歴史の蓄積にため息をつく。

眠れないまますっかり夜が明けた朝。梅雨の晴れ間の一日になりそうで、僕は溜まっていた洗濯物を何回も洗って干した。

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2020年07月07日

映画「カセットテープ・ダイアリーズ」と中学生の僕

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レイトショーで映画「カセットテープ・ダイアリーズ」を観た。雨の月曜日の夜に映画を観る人なんてそんなにいなくて、僕含めて5人くらいがだだっぴろいシアターの銀幕の前にいた。ブルース・スプリングスティーンの歌に基づいた青春映画という触れ込みだけでもワクワクして楽しみにしていた作品だったのだけど、想像していた以上に素晴らしくて爽快で、最後は感動して笑いながら泣いた。1980年代イギリスを舞台にした物語だけれど、2020年の今とリンクする部分がたくさんあった。差別、ダイバーシティ、断絶、不況、強すぎる為政者、時代はいつも繰り返す。そしてそこには誰かの心に寄り添い、語りかける音楽が、必ずある。

僕が初めて意識してブルース・スプリングスティーンを聴いたのは1987年だったと思う。大きなスタジアムで旗が揺れるなかで血管を浮かせて「BORN IN THE USA」歌うボスのミュージックビデオを観て興奮した。僕は中学2年生だった。映画の主人公ジャベドは1971年生まれだから僕とふたつしか違わない。同じアルバムを聴き、同じMTVを観たはずだ。人生を変えた音楽、彼にとってはスプリングスティーンで、僕にとってはR.E.M.だった。音楽で世界はなかなか変えられないが、こんなふうにひとりの人間の心を簡単に変えてしまう。きっと誰もが早かれ遅かれ経験すること。共感しかない、最高の映画だった。もう一回観たいな。

話はそれるけれど、R.E.M.が1988年に『GREEN』というアルバムを出したのは、米大統領選挙の投票日当日11月8日だった(そのときの選挙は共和党パパブッシュvs民主党デュカキス、もちろんR.E.M.は民主党支持)。そのときの広告、「11月8日にやるべきふたつのこと」と書かれて掲げられたのはアルバムジャケットと投票箱の写真、まだ選挙権のなかった中2の僕の心に「選挙に行かないなんてダサいこと」っていう刷り込みをしたのは、学校の先生でも両親でも偉い誰かさんでもなくR.E.M.だった。「カセットテープ・ダイアリーズ」のなかで主人公ジャベドは何度もボスの「The Promised Land」で約束の地を夢想する。同じ年齢の頃の僕の頭のなかに流れたのは多分R.E.M.の「Stand」だったと思う。「今おまえがいるその場所で立ち上がれ/進むべき道のことを考えろ/今まで思いもつかなかったその道を」というリフレイン、その解釈は自分次第だった。自分の人生のすべてのシーンに当てはまる歌を歌ってくれるアーティストがいる幸せを噛みしめる。音楽とは素晴らしいものだ。

  
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2020年06月28日

映画「ア・ゴースト・ストーリー」とフィービー・ブリッジャーズ新作

テレビで2017年の映画「ア・ゴースト・ストーリー」というのをやっていた。冒頭からすごく惹き込まれる物語だったのだけど、くたびれた一日だったのと長回しのシーンが多かったのとで途中で寝てしまった。あらためて昨日観直してみたら、やっぱりとても良かった。ここ数年で何番目というくらいだった。音楽家の主人公は映画の冒頭であっけなく交通事故で死んでしまい、主演ケイシー・アフレックはその後だいたいずっと(回想シーン以外は)白いシーツをかぶった幽霊として無言でスクリーンに立ち尽くしている。生き別れたルーニー・マーラ演じる妻も多くを語らないし、生と死を境目にパラレルワールドが交わることもない。観終えた今も、もう一回あの世界観のなかに身を浸したいと思うような映画は久しぶりだった。多分これから好きな映画を語るときに必ず言及する作品になると思う。

この映画に惹かれた要因はその幽霊のビジュアルがフィービー・ブリッジャーズのデビューアルバムの(アーティストAngela Deaneが手がけた)ジャケットアートワークとの共通点にあったかもしれない。リリースになったばかりのセカンドアルバムで、フィービー・ブリッジャーズは今回は骸骨のボディスーツを着て世界の終わりのような場所で星空を見上げている。再生ボタンを押して何秒かで「これはやばいやつだ、傑作だ」と身震いするような、想像以上のレコードだ。このアルバムも生と死を行き来するような幻想譚が10曲収められていて、毎日毎日、日が暮れてからはずっとこればかり聴いている。

ふたつの作品がリンクした有意義な週末だった。

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2019年06月10日

セメタリーゲイトでつかまえて

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映画『イングランド・イズ・マインーモリッシー、はじまりの物語』を観た。だいたい思春期にTHE SMITHSの洗礼を受けた者の本棚にはモリッシー詩集がある。うちにも当然ある。この物語は“スティーブン”が“モリッシー”になるまでを描いていて、史実にどれほど忠実なのかは詳しくわからないけれど、そのエピソードの節々からTHE SMITHSの歌が聞こえてきた。僕が一番好きな歌は「Cemetry Gates」なのだけど、その曲をモチーフとした(モチーフとなった)墓地のベントに座って詩人の言葉を言い合うやりとりにはグッときた。いつもいつまでも詩人でありたいし、詩人に憧れていたい、とこの映画を観て思いました。長い時間をかけて読んだ『ジョニー・マー自伝』がとても面白かったからマー視点の物語も観てみたくなる。

THE SMITHS/モリッシーへの熱ははしかのようなものだ、といつからか僕は思うようになった。サリンジャーやライ麦畑と同様のものだ。いくつになっても折に触れて思い出すたびに「ああ、この風邪は完全には治らないやつなんだなあ」と毎回ほくそ笑む。6月の雨の夜に『Queen is Dead』を聴きながら。

  
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2019年04月26日

10連休を目前にして

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ついに始まってしまう大型連休。明日のギャラリー自由が丘を皮切りにライブが4本、レコーディングが数日、その他諸々とため息なのか深呼吸なのかわからない大きな息を吐き出しながらカレンダーを眺めている。休みが始まる前に、と映画館に駆け込んで『グリーンブック』を観た。ずっとto do リストにあったやつだ。予想通り最高だった。ずっと流れる音楽とフリーウェイと荒涼としながら慈悲深い風景。ケンタッキーフライドチキンが食べたくなったり、美しい手紙っていいものだなあと思ったり。クリスマスの頃にまた観たい映画。

今日は金曜日だったけど、10連休前の週末って週末のなかでも特別感がある感じがする。5月7日を日本国民はどんなふうに迎えるのだろうか…。

  
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2019年03月23日

海のそばのマンチェスター



WOWOWで録画しておいた映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』をようやっと観た。ずっと観たかったやつだった。どうやっても癒えない傷と救われない悲しみと、それでも続いていく日常、そして美しい風景がそこにあった。唐突なエンディングにポーンと海に放り出されたような気分になったがしばらくその水面に浮かんでぼーっとしていたくなるような静かな余韻があり、ああこの映画を観てよかったな、と思った。2時間ちょっとで心の滋養。映画とは人類によるかけがえのない発明なのかもしれない。

海辺の街というともう何年も前にミルブックスとダンラナチュールとで出かけた日間賀島を思い出す。フグとタコを食べた。あのときは本当に楽しかったから、名古屋に行くといつも「このまま南へ走って船に乗って日間賀島へ…」と妄想する。今日から名古屋2日間、またいつか日間賀島へも行ってみたいものだ。  
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2019年03月20日

なんということでもないクリント・イーストウッドの話

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先に『グリーンブック』のほうを観たかったのだけど、時間の都合で昨日急遽クリント・イーストウッド監督主演『運び屋』を観た。これが最後になるだろうと言われた『グラン・トリノ』がもう10年以上前の作品なのだからすごい。みうらじゅんさん言うところの “グレート余生” という概念があって、高齢者だけを余生というのではなくて生まれてから死ぬまですべてが「余生」だと考えると人生がもっと楽しい、ということで、何を始めるのにも、新しいことにトライするのにも早いも遅いもないのだな、と感動する。

僕は老後の嗜みとして世紀の名盤と呼ばれるレコードを聴くことを楽しみにしているのですが、今日という余生にXTCの1986年『SKYLARKING』を初めて聴いた(僕はその次の『Oranges & Lemons』からリアルタイムで聴いてる)。トッド・ラングレンがプロデュースして仲違いした問題作だけど、素晴らしかった。今まで聴かないままにしていて、そして今日聴いてよかった。20年前にリリースした『weekend』を2019年に初めてサブスクリプションサービスで聴くという人がもしかしたらいるかもしれないが、同じような感覚がそこに芽生えるのであればリアルタイムで聴かなかったがゆえの楽しみ、というのがあるのだなあと思った。

で、クリント・イーストウッドの『運び屋』の話に戻るが、そんなもの最高だったに決まっている。僕の青い車で海へ行きたくなった。劇中クリント・イーストウッドは海など行かずにアメリカのハイウェイを駆け回るわけだけど。

  
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2018年08月14日

『カメラを止めるな!』を観た

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昨日のこと、雷雨の中を走った。やっと劇場に行けて、映画『カメラを止めるな!』を観た。ずっと笑いながら泣いているみたいな、至福の96分だった。イベントやワンマンライブツアー直前の、今このタイミングで観ることができてよかったな。エンドロールが流れて自然と拍手喝采、すると主演俳優役の長屋和彰さんがステージに颯爽と現れて挨拶。キャスト陣が手分けしてゲリラ的に各地の劇場各回に顔を出しているらしい。仲間で手を尽くして時間をかけてつくられた愛すべき作品と最後まで心を尽くしたアフターケア。素晴らしいものづくり。

もう一回観たい。  
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2018年07月18日

暑さのせいで物語と出会う



昨日のこと。朝早くから所用で根津のほうまで出かけたが、とにかく朝からずっと暑い。日常生活に支障が出るレベル。それでも根津神社のなかは静かで涼しくてパワースポットとかそういうものの力を信じたくなる。大学キャンパスにも同じ静謐さがあって、忍び込んだ東京大学の構内は時間が止まったみたいな雰囲気があった。学生なりすましプレイで生協や食堂へ。やっぱり僕はこういうアカデミックな余白が保持されている場所が今でもとても好き。ずっとボーッとしていたくなる(実際暑さでボーッとしていたわけだけど)。

午後からは吉祥寺のスタジオでコントラリーパレードたなかまゆちゃん(あまっこさん)のラジオの収録。思えば『新しい青の時代』の2013年から彼女の番組には毎年出させてもらっているので6年目の恒例行事ということになる。途中むさしのFMでの放送のために来ていた川久保秀一さんにもばったり(川久保さんには週末にお世話になる)。スタジオはガンガンに冷房が効いているからいいものの、一歩外に出ると暑くて汗がとまらないし、夏ってこんなだったっけ?最近おれ夏好きになれたはずだったのでは?とため息も出る。吉祥寺に新しくできたココマルシアターという映画館の前を通ると、ちょうどいいタイミングで上映されている映画があったので、フラフラと誘われるようにチケットを買って一番前のシートに座り込んだ。

イタリア映画『最初で最後のキス』、これが最初から最後までキラキラしていて、16歳の青春が眩しく可愛く、そして切なかった。始まってすぐ、登場人物の女の子の名前が「ブルー」だとわかって簡単に惹き込まれる。主人公は『半分、青い』のボクテみたいな子。春に観た『君の名前で僕を呼んで』より2年先に公開されたものだったけど、『君の名前で…』よりもポップでテンポがよくて、僕はこっちのほうが好きかもしれない。素晴らしい作品でした。普段英語圏以外の映画は苦手であんまり観ないんだけど、バカみたいな暑さのせいでこの映画に出会えて良かった。十代というのは特別な季節で、もうちょっと我慢したり辛抱強さがあれば切り抜けられることがうまくいかなかったり、、感情のままに突っ走って傷ついたりする。戻りたいとは全然思わないけどたまに振り返る。しかし、よく考えてみると、そんなの十代に限ったことか?とも思う。気づけばいつでも今でもそばにある遅れてきた青春とか、ざわざわとした感情、かけちがった友情などについて考えさせられました。

ここのところ毎日黄昏時の空の色が美しい。久しぶりに普通の日記みたいなテキストを書いた。これも夏のせい。

  
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2018年05月11日

何ひとつ忘れない



昨日のこと、レコーディングできる声になるまでにもう少しかかると思ったので作業を休んで映画を観にいった。新宿シネマカリテで『君の名前で僕を呼んで』、音楽がとても良くて美しい映画だった。夏の開放的なイタリア、水浴びをするシーンが多くて、僕の脳内ではずっとR.E.M.の「Nightswimming」の旋律が流れていた。「I remember everything」という台詞に「何ひとつ忘れない」という字幕がつけられているのを見たときに、マイケル・スタイプのおばあちゃんが晩年最期の床で「マイケルや、REMってレム睡眠なんかのことじゃなくて、“Remember Every Moment”(すべての瞬間を忘れるな)ってことなんだろう?」って言った逸話を思い出した。

今日は久しぶりによく晴れて、朝からたくさん洗濯をしながら『君の名前で僕を呼んで』のサウンドトラックレコードに何回も針を落としている。午後からはようやっとレコーディング。

  
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2018年04月11日

中島愛 “Curiosity of Love”ツアーファイナル|ナイロン100℃『百年の秘密』

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先週末、レコーディングを夕方までやった後でお台場まで車を走らせて中島愛さんの復帰第一弾アルバム『CURIOSITY』発売記念ツアーのファイナル公演を観にいった。昨年の6月以来で目撃するライブでしたが素晴らしかったな。甲斐みのりさんとの共著『音楽が教えてくれたこと』で改めてまめぐちゃんの音楽に対する知識と愛情を再確認したあとでのステージだったのでなおさら、楽しそうに弾む姿が印象的でした。歌詞を書かせてもらった「最高の瞬間」、そして「金色〜君を好きになってよかった」はお客さんの掛け声、コール・アンド・レスポンス、フロアのペンライトの光でさらにスケールの大きなアンセムに昇華されていて、何度聴いても感動します。終演後まめぐちゃんに挨拶。会場で会ったラウンドテーブル北川くん(もう20年以上の付き合いになるなあ)、acane_madderさん、久しぶりにお会いした作詞家の岩里祐穂さんと記念写真。たまにライブにまめぐちゃんのファンの方が来てくれて「僕が(私が)言うのも変な話ですが…、いい歌詞をありがとうございました!」って言ってくれることがあってとても光栄。そんなこと他の作家仕事ではなかなかない。

昨日も夕方まで録音作業をしたあとで下北沢まで出かけて(南口がなくなった下北沢の違和感!)本多劇場でナイロン100℃『百年の秘密』を観劇。時間を行ったり来たりする大河ドラマは目まぐるしく展開して、休憩挟んでたっぷり3時間半もその長さを感じませんでした。だれか『ケラリーノ・サンドロヴィッチの頭の中』という映画を作って欲しい。作品を観るたびになんでこんなストーリーが思い浮かぶんだろうか、と思う。終演後KERAさんにお会いして『Punctual/Punk』を渡すことができて、「これ欲しかったんだよー」という笑顔がとても嬉しかった。いつも他愛ないメッセージのやりとりで僕の減らず口をバシッと叩き落としてくれる大好きな峯村リエさんもとても素敵でした。尾を引くような夢を見そうです。

先月末からずっと切れ目なくずっとレコーディング作業が続く日々なので、この2つの華麗な舞台を眺めて、大きく深呼吸をするような思いでした。  
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2018年03月21日

ニューヨークの少年|映画『さよなら、僕のマンハッタン』



『(500日の) サマー』のマーク・ウェブ監督最新作『さよなら、僕のマンハッタン』を4月の公開より一足先に観させていただいた。原題の『The Only Living Boy in New York』がサイモン&ガーファンクルの最後期の名曲「ニューヨークの少年」から引いてあるだけでもう僕にとっては魅力的な映画。ニューヨークを舞台にした青春劇、ルー・リード、ボブ・ディラン、かつてパティ・スミスが働いた古書店、机ひとつのアパートメントの部屋、セントラル・パーク、カフェやバー。その物語と風景に没頭。

登場人物たちが交わす会話がとてもテンポよくて面白く、生き物のように変化していく街のなかで翻弄されるニューヨーカーたちの営みが眩しかった。行ったことのないニューヨークに「いつの日か」と想い焦がれました。青春劇、と前述しましたが、あらゆる世代の交錯する感情を目の当たりにして、青春に年齢は関係ないなと思ったのです。もう一回大きなスクリーンで観たいと思いました。


  
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2018年03月06日

アカデミー・マンデイ|引き潮の町



グラミー賞とアカデミー賞の日は朝から楽しい。こないだのグラミー賞はハイライトらしい見せ場がなくてがっかりしたけど、昨日のアカデミー賞は賑やかで面白かった。受賞者がたくさんの人たちに感謝を述べるシーンを見ると僕はいつも感動して泣いてしまうのだ。どの目線からの涙なのか自分でもわからない。特筆すべきは主演女優賞のフランシス・マクドーマンドの受賞スピーチだった。マイノリティ、ジェンダー、トランプ政権、アメリカが抱える苦悩に向けて毅然と発せられた言葉と笑顔だった。これから日本で公開される映画がたくさんあって楽しみになる。『君の名前で僕を呼んで』が気になる。スフィアン・スティーヴンスやセント・ビンセント、クリス・シーリーの演奏も素晴らしかった。

『シェイプ・オブ・ウォーター』に作品賞の座を譲ったが、とても評価の高かった『スリー・ビルボード』を観にいった。ずっと観たかった映画だったけど予想以上でした。暴力と痛み、悲しみと怒り、後悔、復讐、色濃い影と少しだけ差す光をかき回すような、極めてアメリカ的な物語。エンドロールが終わって深い溜息を吐き出しきってしまうまでしばらく立ち上がれないようなやつだった。架空の町には「エビング(Ebbing)」という名前が付けられていて、それは満潮(high tide)の対義語、「引き潮」という意味だ。この町に、このあと波のように押し寄せてくるのはどんな事件や出来事や感情なのだろうか、と物語の少し先の未来のことを妄想しながら帰路につきました。  
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2018年02月20日

ウィチタ・ラインマン、セイント・アンガーとアルペジオ



怒涛のものつくり期間と3日間のライブが一段落して、久しぶりに終日ゆっくりできる日が2日続いた。リビングでだらだらしながら、去年亡くなったグレン・キャンベル、アルツハイマー告白後のラストツアーを追った映画『I'll Be Me』を鑑賞。とても感動的で素晴らしかった。思い出が消えていくというのは想像しがたい恐怖だが、彼の明るさと笑顔こそが希望であり救いかもしれない。「ウィチタ・ラインマン」がこれまでと違って聴こえてくる。

音楽映画に手が伸びるのはHMVキチレコをやってるからだろうか。久しぶりに観返した『メタリカ 真実の瞬間』。やっぱ自分にとって大事な映画だなと改めて思う。この映画のせいもあって、メタリカのなかで2番目に好きなアルバムは『St. Anger』、一番は揺るがず『Master of Puppets』だ。10年前、専門学校で作詞の授業を担当していた頃に生徒に2コマ使ってこれを鑑賞させたことがあったけど全員食い入るように見てた。授業で生徒たちに見せた映像作品にエレファント・カシマシの実像に迫ったドキュメンタリー『扉の向こう』があったが、これも壮絶なやつで、いつも居眠りする子も最後まで画面を見つめていたのが忘れられない。バンドって大変だけどやめないでいるといいことある。

今日は渋谷の映画館で岡崎京子原作、行定勲監督作品『リバーズ・エッジ』を観た。重く、苦しく、痛々しくて、ため息ばかり出た。僕個人にとって1990年代っていい思い出よりもしんどかったことばっかりだったけど、それをひとつひとつ断片的に思い出させて胸を締め付けるけれど、しかし、無視して通り過ぎることができないような映画という感じがした。小沢健二の新曲「アルペジオ」の印象が変わった。汚れた川は再生の海へと。

渋谷の街を歩くと慣れ親しんだ風景はもう随分前になくなっていて、妙に空が広くて困惑する。東京に出てきて26年も経ったけど、街は絶えずどんどん姿を変えていくから、僕はいまだにいちいち田舎者みたいな気持ちになるのだろうな。  
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2018年02月04日

パンクはブルースの最終形か

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今年になって映画館で映画を見る習慣が戻ってきた。昨日も西新井のTOHOシネマズでタイミングがあえばとタイムスケジュールを眺めたりして。真っ暗ななかでスクリーンと対峙するだけの時間っていうのは100%映画に没頭できるから、いろんなことをパラレルにやってしまがちな自分にとってはとても濃密な時間になっていい。吉祥寺で今すぐ映画を観るなら?と下調べもせずに飛び込んだ『パーティで女の子に話しかけるには』は『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督作品だった。1977年のロンドンを舞台にした、とにかく奇天烈な話だったけど、パンクの定義を聞かれて「パンクはブルースの最終形」と答えた台詞が印象的だった。果たしてそうか?その言葉を持って帰って、それからずっとパンクのレコードを聴いて考え中。WOWOWで観たエレファント・カシマシのドキュメンタリー『ノンフィクションW』も壮絶で、肩がこった。それこそ、ブルースの最終形なのかも。

ポレポレ東中野で観た『人生フルーツ』、途中からずっと泣いていた。くたびれてしまうほど素晴らしい映画だった。この映画のなかで3つの言葉が紹介されるが、一番好きだったのはフランク・ロイド・ライトが言った「長く生きるほど、人生はより美しくなる」という言葉でした。いつか「実」という漢字一文字を「fruit」と訳しているのを見たときに、いわゆる「フルーツ」の概念が少し自分のなかで変わった感覚があった。この映画も英語題が「Life is Fruity」となっていて、長く生きればそれだけ何度だって朽ちてもまた生まれ変われる、ということなのかもしれない。ポチ実の「実」には思っていた以上の意味があるのだよ。

  
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2018年01月30日

言葉の海からすくいあげた声で



先週末、巣巣に「柴田元幸 × おおはた雄一 × 扇谷一穂『タイムレス』 」というイベントを観にいった。前日のライブの、高橋徹也が小沢健二「昨日と今日」をカバーする場面で僕は「1993年に入学してオザケン大学で歌詞を書くことを学んだのだ」というようなことを話した翌日に柴田元幸さんの朗読を聞くという偶然(小沢健二は東大の柴田先生のゼミ出身)。東京外語大で英米文学を学んだ僕にとって柴田元幸さんというのは知を司る神様のような、言葉の通じない国の話を読ませてくれる人。柴田先生が編んだ教科書を使って勉強したし、ポール・オースターに胸をときめかせて20代から30代を過ごした。四半世紀過ぎてもその媒体(=media)としての存在は今も揺るぎがない。

以前柴田さんの朗読を聞いたのは数年前の下北沢B&Bで、柴崎友香さんと一緒にポール・ラファージという未知の作家の作品を題材にしたものだったが、そのときよりもこの日の朗読は、なんというか、もっと熱を帯びていて、身振り手振りも交えた身体と姿勢と声と沈黙、なんだかわからないがすごい物語を目ではなく耳で直接聞いてしまった…と思わされるような素晴らしいものだった。おおはたくんのギターと扇谷さんの歌(これもとても素敵だった)が朗読によってもたらされた発熱を静かになだめる鎮魂歌として作用しているようにすら感じました。しびれた。

終演後の打ち上げに混ぜてもらって、少しお話をさせていただいてとても幸せだった。件の“オザケン大学”の話も笑って聞いてくださって「小沢くんはあのときこう言っていた」とか「彼はこうだった」という印象的な言葉もいくつかあったし、「以前青いCDをもらったよね?」と覚えていていただいたことも嬉しかった。朗読するときにすべての言葉を大事に発語する必要がない、という旨のことを柴田さんがおっしゃったときにハッとした。これみよがしなやり方ではないのに、柴田さんの朗読が流れるように、時に蛇行するように自然と耳に伝わる理由はそこかと思った。歌も同じで、この子音と母音や接続詞はピアノからピアニッシモ、あんまり聞こえさせたくないと思うことがある。そのうち映画『パターソン』の話になって柴田さんも「あれはよかった」と絶賛されたので、また観たくてたまらなくなって、結局翌日の夜に渋谷で2度目の『パターソン』を観たのであった。感化されてばかりの一日でした。

去年の12月に大阪のスタンダードブックストア心斎橋で試みたポエトリーリーディングのイベントは予想以上の盛り上がりを見せてとても楽しいものになった。スタンダードブックストアの中川さんとも春に続編を、と約束していたのだけど、それが具現化して3月10日(土)のお昼に開催が決まりそうです(今詳細を詰めているところです)。前回がvol.0のテストだったとするならば、今回のがvo.1となります。この巣巣での体験がどのようなケミストリーを起こすのかが楽しみでもあり、奇しくもイベントのキーワードとなった『パターソン』のblu-rayが3月7日に発売になるというタイミング。何をやるかはまた前回同様ぎりぎりまで切磋琢磨すると思いますが、今回はみんなが声を出す機会を作れたらと思っています。イベントタイトルが「言葉の海に声を沈めて」になることは決定しました。もっと言えば、言葉が漂う海を両手のひらで掬って息を吹きかけるとそれが声になるようなイメージです。関西の皆さん、ぜひ3月10日はスタンダードブックストア心斎橋、3月11日は加古川チャッツワースへお越しください。詳細をお待ち下さい。  
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2018年01月11日

極北の青春群像劇|映画『サウンド・オブ・レボリューション グリーンランドの夜明け』

1970年代に登場し、グリーンランド語で初めてロックを奏でたロックバンド「スミ」について映画『サウンド・オブ・レボリューション 〜グリーンランドの夜明け』を今月12日からの劇場公開に先駆けて観させていただいた。スミの音楽や姿勢は当時統治下だったデンマークからの自治権獲得に大きな貢献をもたらした。言うなれば音楽と政治と時代背景が密接に絡み合った季節のドキュメンタリーなのだけど、僕は当時の映像素材のなかの躍動的で表情豊かな若者たちの姿を目の当たりして、僕がこれまで知るよしもなかった彼方の街を舞台にした、ひとつの青春群像劇として憧憬の念を持って見つめた。その舞台がどこであれ、時代に翻弄されるのはいつも市井の人間であり、その戸惑いや想い、理想や希望は世界共通のものだと感じる。

何よりスミが奏でる音楽がとてもよかった。ソリッドで、メロディアスで、ささくれていて、懐かしいようで新鮮。ウェールズ語で歌うイギリスのゴーキーズ・ザイゴティック・マンキにも似た不思議な感覚がクセになる。シガー・ロスをはじめアイスランドや北欧の音楽家たちへの影響も少なくないだろう。音楽というものがどれだけ人の心を支えたり、動かしたり、鼓舞したりするか、ということを改めて思い知らされた。東京では12日からユーロスペースで上映。沖縄と福岡でも。

  
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2017年10月13日

ジム・ジャームッシュ監督作品『パターソン』|詩とノートと市井の人々



今日は昼からサトミツ&ザ・トイレッツの取材と撮影。午後、ちょうどいいタイミングで解放されたので、新宿でジム・ジャームッシュ監督作品『パターソン』を観る。ようやく映画館のスクリーンに浸ることができた。評判を聞いて期待値が上がっていたのだけど、もう最初から最後までずっと面白くて心地よくてこのまま終わらなければいいのに、と思った。魅力的な人物しか出てこない。そして悪い人がひとりもいないのです。詩とノート、そして市井の人々の暮らしが美しく綴られるこの映画を、明日のトラベラーズファクトリーでのライブの前日に観ることができてよかったなーと思う。気の合う友だちみんなに薦めようと思いました。今のところ今年のベスト映画です。

明日14日(土)のトラベラーズファクトリーでのライブ、キャンセルがあったりして第一部にもう少しだけ席に余裕があるので当日精算の予約を受け付けています(第二部は完売御礼)。14時、明るい時間帯なので夜のライブにはなかなか足が向かないという方にもお薦めです。ぜひこの機会にご来場ください。コラボレーションCD『notebook song』、オリジナルノートにもご期待下さい。こちらでご予約受付中(若干数なのでお急ぎください)。

  
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2017年08月18日

映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』を観た



ずっと楽しみにしていた映画『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』を8月26日の公開に先駆けて観させていただいた。猫と音楽家の真実に基づく話というだけでも相当な期待、ハードル高くなってたけど思っていた以上。映画が始まってからずっと僕はスクリーンの前でぐすぐすと泣き通しだったのです。最初に茶トラの猫ボブが登場しただけで可愛くてぶわっと涙がわいてきて、「この涙は、この感情はなんなの?」と不思議に思うのだけど、これが猫の持つ得も言われる魔法のような魅力なのでしょう。2014年の初夏、ポチが逝ってしまう直前に観た『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』という映画でも猫の姿を眺めながら同じ涙が出たことを思い出す。音楽と猫はとても相性がいいなあと思いました。

この映画は何より「音」に惹かれた。ボブが「グルル」と喉を鳴らす音、呼吸音、口を開けずに「クーン」と鳴いたり、何かをねだったり甘えたりする声、毛づくろいをするザリザリという音、ドライフードを食べるときのカリカリという乾いた音、満腹になって満足して目を細めて「ブニャアン」と鳴く吐息のような声。猫と暮らしている者にとっては聞き慣れた音が、劇場の音響で聞こえてきて、耳をくすぐられるような愉しさがありました。ストリートシンガーである主人公が「サテライト(衛星)」に纏わる歌を歌い始めたので、もはや僕はスクリーンのなかにもうひとりの自分の姿を観るような気分で100分の物語を駆け抜けた。UKのバンドNoah & The Whaleの中心人物だったチャーリー・フィンクが手がけたオリジナルソングもシンプルながら主人公の胸の内を丁寧に投影した佳曲ばかりで、サウンドトラックも聴き応えがありました。

何よりも驚かされるのが劇中の猫ボブを演じたのが、この映画誕生のきっかけとなったボブ自身だということ。ボブは今11、2歳で、モデルとなった主人公とともに暮らしているという継続する素敵な後日談もあって、とにかく後味も素晴らしい、愛すべき作品でした。長生きしてほしいな、ボブ。猫と暮らす人にはマストな映画、イギリス好きにはその風景もアピールするでしょう(アメリカ派の僕でもロンドンに行ってみたくなりました)。

この世界にはたくさんの人間とたくさんの猫がいて、そのそれぞれに物語があり、ひとつとして同じものはない。人間も猫も持ちつ持たれつ、仲間であり友だちであり家族なのですね。

  
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2017年01月28日

「my valentine」は2月の歌



「my valentine」from『pale/みずいろの時代』(2016)

普段英語の歌をCDに収録することは少ないのですが、この歌はとても気に入っていて
昨年リリースしたアルバムに収めることができて嬉しかったです。今年も2月がやってきます。



my valentine

my valentine
would you hold me up when I fall down?
soak me in the chocolate sea
sprinkle me with a sugar breeze
love will find a way

oh, lay me down
on a cotton candy bed
I’m dreaming now, my valentine

roll me over the jelly beans
bury me into a melty cream
love will find a way

so hold my hand
what a sticky-sweet surprise!
I’m dreaming now, my valentine



僕の愛しい人よ
僕が崩れ落ちるときは受け止めてくれるかい?
チョコレートの海に沈んで 甘い潮風に吹かれて
愛がそこへ導くのなら

綿菓子のベッドに横たわって
僕は夢を見ているところ マイ・ヴァレンタイン

ジェリービーンズと溶けそうなクリームで僕を埋葬して
愛がそこへ導くのなら

僕の手をとって なんて素敵なサプライズ
僕は夢を見ているところ マイ・ヴァレンタイン


『pale/みずいろの時代』を通販STOREで購入  
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2016年09月08日

シン・ゴジラとレザーフェイス

ようやっと映画『シン・ゴジラ』を観た。面白かった、とひと言で片付けたくなるほどの映画体験。住み慣れた東京が無残に破壊されていく様子、だいたいの距離感がわかるから「ああ、吉祥寺はまだ大丈夫だけどあの町に住む友だちは…」と想像したりして。2011年の大地震がなければこんな映画は完成しなかっただろう。東京都現代美術館で “館長 庵野秀明 特撮博物館” 展を観たのは2012年、様々な要素が『シン・ゴジラ』に繋がったのだな。そして続けてWOWOWで『悪魔のいけにえ 公開40周年記念版』を観る。1974年公開の、本当に残忍でむごたらしい、R指定の歴史的名作だが、フィルムの荒い粒子のなかにアメリカの光と影、栄華と狂気を感じて、ついつい引き込まれてしまう。

『シン・ゴジラ』と『悪魔のいけにえ』、全然違うけどどちらも面白かった。くすくす笑ってしまう可笑しさが共通した。

ゴジラ

  
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2016年07月29日

アウトプットとインプット|Pat SansoneとSING STREET



先週末を今年最後の夏休みと宣言したものの、ここ数日いろんなところに出かけていっているから「遊んでるじゃん」と突っ込まれがちだが、苗場から帰ってきてからずっと旧知の友人とのプロジェクトで作詞作業で朝から根詰めて仕事をして夜になったら出かけるという、アウトプットしてインプットしにいくという日々だ。

火曜日はパット・サンソンのライブを観に下北沢へ出かけた。週末に苗場の一番大きなステージで観たWILCOのメンバー、この日は同じくWILCOのジョンとのバンド加入前からのプロジェクト「The Autumn Defence(オータム・ディフェンス)」のパットによるソロ、と呼んだほうがしっくりくるかもしれない。ラカーニャでオータム・ディフェンスを観たのは2013年の春だったが、同じく今回も親密な空間で彼の歌を聴いて感動した。シンプルなギター弾き語りは彼のボーカリストとしての素晴らしさを引き立てて、PCからのバックトラックとの演奏も効果的に楽曲の世界観をひろげたが、一番グッときたのは静と動のコントラストが印象的なピアノでの弾き語りでした。終演後に握手とサインをいただき、フジロックとこの日のステージの素晴らしさを伝えた。「そのTシャツいいね、何のTシャツ?」「R.E.M.のやつ」「Oh!」というやりとりが嬉しかった。相変わらずの色男だった(ライブを観にきていたジェリーフィッシュのジェイソン・フォークナーも然り)。

翌日水曜日は映画へ。ずっと観たかったジョン・カーニー監督作品『シング・ストリート 未来への歌』の招待券を友人が「これ好きなやつでしょ?」とプレゼントしてくれたのだ。ジョン・カーニーの描く物語は『ONCE ダブリンの街角で』にせよ『はじまりのうた』にせよ音楽好きにはたまらない視点がある。レディースデイということもあって映画館は大盛況だったが、映画も予想以上に素敵なものだった。僕は高校生の頃からバンドを組んで今も音楽を作っているが、誰かと一緒に作詞作曲をするという作業をあまり経験していない(ひとり篭って曲ができてからメンバーに聞かせるから)ので映画の中の少年たちが刺激し合い呼応しあって歌が完成していく様を見て羨ましく思った。僕が体験したかったもうひとつの青春はこんな感じだったのかもしれない。泣いた。サウンドトラックもパンフレットも全部欲しくなる類の映画が年にいくつかあるけれど、『シング・ストリート』はまさにそういう一本だった。

アウトプットとインプット、なにかをリリースしたらなにかを取り込むのが摂理である。

  
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2016年02月10日

映画「オデッセイ」を観た



昨日のこと、リドリー・スコット監督作品「オデッセイ」を観た。せっかくなので4DXの体感式シートを初体験することに。シートが上下左右そして前後に動き、前から後ろから足元から風が吹く。劇中では当該演出はなかったけれども水しぶきが出て顔を濡らす。火星と宇宙空間が舞台のメインとなるのでこの体感演出はとても楽しくて、爆発シーンなどは思わず声が出るほどだった。物語自体も主人公のポジティブな姿が印象的でストーリーも面白く、2時間半があっという間、新感覚の映画体験でした。

劇中では20世紀のディスコミュージックが重要な役割を果たすのだけど、孤独な空間を生き延びようとするときに食物や水や空気と同等に音楽は彼の精神には必要な物だったのではないか。同じように地球上で生きる我々にとっても音楽は日々に欠かせない大切なものだということも本当はみんな知っているし、だから僕はそれを生業にしている。映画のクライマックスでデヴィッド・ボウイが歌っていた。「子どもたちにロックンロールを聴かせて/夢中にさせて/踊らせようぜ」と。映画を観終わってもふわふわと浮足立つような感覚が残りました。

帰ってきたらWOWOWで、偶然にも同じリドリー・スコットが製作総指揮したドキュメンタリー映画『Springsteen & I』をやっていて、つい見入ってしまった。2013年7月に全世界同時公開されて、武蔵村山までわざわざ観にいった映画、あの暑い日のことを思い出した。  
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2016年01月15日

この冬一番の寒さとあたたかさ|映画「ひつじ村の兄弟」




お正月に映画館で映画を観るのが好きだ。「ああ、お正月だなあ」と思う。去年観たのは「ゴーン・ガール」でしたが、今年はストイックで地味な映画を。「ひつじ村の兄弟」はアイスランドが舞台の映画。牧羊の村での出来事を淡々と描く。無口で粗雑な彼らが羊を慈しむ姿が、僕らが猫を可愛がるのとほとんど一緒でちょっと泣いた。インディアンの古い言葉に「長年会っていなかった兄弟のように向かいあおう」というのがあるけれど、40年不仲の兄弟が不器用に心を交わそうと四苦八苦するが、兄弟のいない僕には新鮮な感覚。

アイスランドは人口25万人程度に対して羊の頭数が100万頭以上という羊大国なのだそうだ。暖冬の今年は東京に雪が積もるかどうかわからないけれど、真っ白に吹雪くスクリーンを観ながらこの冬一番の“寒さ”と“あたたかさ”を感じました。不仲の兄弟の意思疎通を助けるボーダーコリー犬がお利口で可愛かった。羊たちはモフモフしていた。静謐に響くサウンドトラックもとてもよかったです。新宿武蔵野館は妙に居心地がいい。予告編でも面白そうなのがたくさん紹介されていた。次はアメリカの映画を観にいこう。



昨年2015年は映画をあまり観ない1年だったが、それでも印象に残っているものがいくつもある。まずはやっぱり『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だが、個人的に「これはおれが推さなくては!」と思った『ゾンビーバー』のくだらなさ(と劇場内の観客の一体感)を特筆したい。そして『海街diary』はすぐにでも鎌倉へ出かけたくなる映画だった。『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』や『Dearダニー 君へのうた』など清々しく音楽が立ち上がる映画も印象に残っています。今年は去年よりたくさん映画館へ行きたいと思います。  
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2015年10月30日

映画「先生と迷い猫」を観た



昨日のこと、ようやっと時間が作れたのでユナイテッド・シネマとしまえんまで出かけて映画「先生と迷い猫」を観た。随分前にファンの方から鑑賞券をいただいて、とても楽しみにしていた作品。猫が登場する映画というのは生粋の猫好きからすると“ファンシー”な方向に転がりがちだったり、とにかく猫そのものが可愛いので「なんか、猫が可愛くて良い感じだったよねー」とぼんやりした感想になりがちなのだけど、この「先生と迷い猫」はストイックでハードコア(筋金入り)な猫映画の一本として記憶されることになるだろう、と思いました。

まずロケ地が素晴らしい。どうやら下田とか南伊豆らしいのだけど、時間ができたら出かけていきたいほど。僕がポチを亡くして傷心旅行をしたのは実は下田、何かしらの縁を感じる。映画冒頭、薄三毛猫がひとりで町をねり歩くシーンがとても孤独でたくましく美しくて感動してしまった。一匹の猫のことを思う人々の心の動きと、だんだん繋がっていくその「連帯」を描いた物語。猫が出てこないシーンで泣いた。観終わったあとで思うのはやっぱり「ああ、猫とはなんと人の心を揺さぶる美しい生き物か」ということで、僕はこの映画を猫好きの友だち全員に薦めたいと思う。猫好きじゃない人もこの映画は何かのきっかけになるかもしれません。

エンドクレジットを見ると南中野地域ねこの会が協力していたり、むさしの地域猫の会の会長さんがこの映画の原作者(『迷子のミーちゃん〜地域猫と商店街再生のものがたり』というノンフィクション本がこの映画の原案だそうです)の方から取材を受けたばかり、という話を聞くにつけ、この映画が「猫って可愛いよね〜」ということだけに終始しない、猫と人間の共生についての問題提起が多分に含まれたものだということがうかがい知れて、今月僕が参加した「吉祥寺ニャンポジウム」の内容ともリンクしてとても興味深かった。良い映画を観ました。鑑賞券をくれた方に感謝。

  
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2015年08月22日

映画「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール」を観た|花園神社でECHOESを聴く



昨日のこと、仕事が夕方に終わったので出かけて新宿で映画「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール」を観た。ベル&セバスチャンのスチュワート・マードックが監督と脚本を手がけたもので、物語は女の子のモノローグ調の歌で始まる(ミュージカルではない)。僕は熱心なベルセバリスナーではないのだけど(『If You're Feeling Sinister』と『The Boy with the Arab Strap』は擦り切れるほど聴いたがそれは20世紀の頃の話だ)劇中音楽のメロディはベルセバ特有のころころとよく転がる旋律で大いに心踊らされた。きっとスチュワート・マードックはこの映画に自分の半生を投影したのだろう。ジェームズという男の子とに言わせる「もうこの世界新しい歌など必要ないのではないか」という台詞と同じようなことを僕も何度か口にしたことがあるが、結びの言葉は「でも作るけどね」だ。地味でパッとしない女の子がどんどん魅力的になっていくところもよかった。とても可愛い映画でした。幸運にも終演後のトークイベントにも参加することができた。シンガーソングライターsakuさんの弾き語りがとても可憐で素敵でした。 ベル&セバスチャンというバンド名がフランスの作家セシル・オーブリーの小説『Belle et Sebastien(ベルとセバスチャン)』が由来となっていることを初めて知った。日本では「名犬ジョリー」として知られる作品なのだな。

そこから花園神社のゴールデン街へ移動。新宿JAMに行くときに通る細道だけど、これまで立ち寄ることのなかったエリア。先月初めて呑んだ新宿思い出横丁(旧ションベン横丁)よりも奥深く猥雑で面白い。GARDENというお店をやっと探しだした。友人が開いているDJパーティー、日本のロックバンドECHOESの曲しかかからない夜、みんな曲がかかるたびにシンガロングしていた(そのうち僕も)。中学生の頃に聴いていた音楽を大きな音で楽しむのっていいなと思いました。飛び入りDJをやらせてもらって、僕はネタ元(?)のTHE ALARM、U2、そしてECHOESがラジオのスタジオライブでカバーしていたことで知ったTHE DOORSの「ハートに火をつけて」をスピン。青春時代みたいな、なんだか楽しい夜でした。


  
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2015年08月13日

映画「ゾンビーバー」を観た



先週、神戸の街を歩いていたら元町商店街にあるミニシアター元町映画館に「ゾンビーバー」という映画のチラシが置いてあった。暑さに参っていた僕をさらに脱力させるような作り物感満載のゾンビのビーバー…。こんなの面白い予感しかしないよ!ということで東京に戻ってきて調べたら今週金曜日まで新宿武蔵野館で上映しているというので慌てて行ってきた。映画ファンサービスデイで入場1000円の日だったこともあって21時過ぎの上映回はほぼ満席。みんなどんだけゾンビ好きなのか。ロビーには撮影で使われてたゾンビーバーも展示されていました。

映画の内容は、というと想像していた通りのくだらなさで、チープでバカバカしくて、下世話で面白くて、最初から最後まで大笑いや失笑。こういう会場一体となったワクワク感は久しぶりに味わったなあ。みんなの(僕を含めて)B級映画を思い切り楽しんでやろうという気合を感じました。超大物ミュージシャンのカメオ出演、エンディングの歌も含めて作り手側の熱量も含めてなんと愛すべき映画か!と思いました。新宿では金曜日までで、僕がこの映画を知った神戸の元町映画館では土曜日から始まるらしいので関西の方もぜひ。

新作のなかの「my favorite things」で「週末の夜をダラダラと過ごすなら/ジョン・キューザックとかゾンビの映画なんかいい」とありますが、それこそ予定のない夏休みにはジョン・キューザック出演の「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」とか、この「ゾンビーバー」とかがいい。ふたつを並べて紹介するのもどうかとは思うけど。


  
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2015年07月31日

映画「Dearダニー 君へのうた」を観た

昨日のこと、アル・パチーノ主演映画「Dearダニー 君へのうた」の試写会に誘っていただいたので雨のなか出かけた。「スターとしての絶頂期を過ぎ往年のヒット曲だけを歌い続けるロックスターのダニー・コリンズが43年越しに憧れのジョン・レノンからの直筆の手紙を受け取り自分の人生を見つめなおす」というわくわくするような内容。この話の半分が本当にあった出来事をベースにしているというから驚きだ。ジョン・レノンの名曲群が映画のなかで使用許可されるのは異例なことだそう。そしてさらに音楽を名プロデューサードン・ウォズとともに担当するのがライアン・アダムスだというから楽しみにして出かけた。

試写会場で挨拶した宣伝担当氏が着ていたのは僕が先日のフジロックで売り切れてて買えなかったライアン・アダムスTシャツ。「素晴らしかったですよねえ!」とライアンのステージについて話して一気に気分がオンになる。ライアンはダニーがデビュー時の楽曲の歌唱を担当しているらしい。そして劇中のの重要な楽曲もドン・ウォズと共作したそうだ。満員大盛況の会場で映画は静かに開幕。

アル・パチーノの演技やステージアクション、ロックスターの舞台裏など見どころがたくさん。映画「キッズ・オーライト」でショートヘアのレズビアンを好演していたアネット・ベニングは今回生真面目さと機知とユーモアを兼ね添えた素敵な人物を演じていた。プッと吹き出して笑えるシーンがいくつもあったし、ジョン・レノンの歌をあらためて劇場で聴くのはとても新鮮。友情、家族、そして“繋がり”の物語に最後は落涙。帰り道には雨は止んでいました。今も静かに感動は継続中。「自分自身に、自分自身の音楽に忠実であれ」というジョンの言葉を噛み締めながら、僕も新しい歌を書きたいなと思っているところです。

  
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2015年07月10日

一之輔、マッドマックス、「風街」と「海街」



先週の土曜日に友人に誘われて初めて落語を観にいった。春風亭一之輔「らくごde全国ツアーvol.3」のよみうりホール公演。去年からどきどきキャンプの佐藤満春さんやラブレターズ塚本さんなどお笑いを仕事にしている人と仲良くなる機会があって、コントライブなども数度出かけていったけれども、落語が寄席というのはまったくの未経験。とても新鮮な舞台だった。安宅くんからは「落語見ると影響受けると思うよ」と聞いていたのだけど、演目を「歌」、まくらを「MC」だとするならば、なるほどその流れはコンサートのようだった。春風亭一之輔さんは僕にとってはTBSラジオの「たまむすび」に月に一回で登場する人という認識だったのだけど、噺を始めるときの迫力と色気がすごかった。ゲストの笑福亭鶴瓶さんの圧倒的な話芸にも感服した。ものすごく豊かな文化だなあ、と感動しました。この日以来ずっと鰻が食べたくてしかたない。

日曜日には映画館へ。レイトショーで「マッドマックス 怒りのデスロード」を観た。もうこれは最初から最後までずっと面白くてドキドキして、今までにない映画体験だった。スクリーンに飲み込まれるような感覚があり、もう一度冷静に最後列から観直したいとすら思う。善悪が明確に別れたそのストーリーは僕に西部劇のインディアンとカウボーイの戦いを思わせる(勝敗はあまり関係ない)。車は駆け抜ける馬、いつの時代も女性はたくましく描かれる。自宅のテレビの画面では絶対に味わえないようなエンターテイメントでした。

奇しくも先週杉真理さんのラジオにお呼びいただいて長門芳郎さんや牧村憲一さんというジャパニーズポップス界の歴史を作った方々にお会いした日の帰り道に購入した『松本隆作詞活動45周年トリビュート 風街であいませう』をじっくり聴いた。個人的には「風街でよむ」と題されたポエトリーリーディングCDに期待していたのだが、本編の「風街でうたう」もすべからく素晴らしかった。往年の名曲たちは言葉とメロディの幸せな結婚そのものだ。「友よ、答えは風のなかにある」とボブ・ディランが歌い、それならば「風をあつめて」と綴った松本隆氏が敷いたレールや轍の上で自分が歌詞を書いているのだな、と再確認したところ。

そして昨日はまた映画館へ出かけ、是枝裕和監督作品「海街diary」をついに観た。ふと「海街」とは「風街」を出発して辿り着く街なのではないだろうか、と考えた。2時間どの瞬間も素晴らしく、このまま終わらなければいいのにとさえ思った。是枝監督の前作「そして父になる」は血縁か過ごした時間かという命題を持つ作品だったけれども、この映画のなかで描かれたのは「連帯と共有」ではなかったか。「あれ」で通じるテレパシーを持つ共同体はかくもたくましい。一人っ子の僕は4姉妹の関係が羨ましく、なぜかずっと涙目。極楽寺よ、桜のトンネルよ、生シラス丼よ(こないだ食べたばかりだ)。僕はまた何度でも鎌倉へ出かけていきたいと思いました。今年観た映画のなかで一番。

  
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2015年06月24日

今宵必要なのは愛と慈悲|映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディ」」



昨日のこと。8月1日から公開される映画「ラブ&マーシー 終わらないメロディ」を一足早く試写で観させていただいた。ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンの60年代と80年代をパラレルに描くライフストーリー。映画の中で繰り広げられるのは歴史や伝説に追いつこうとして様々な本をむさぼるように読んだ音楽ファン(僕のような)にはよく知られた事実たちだけれども、そこにリアルな映像と芳醇なステレオサウンドが絡むとまるで第三の眼となり時空を軽々と越えていく感覚があった。1960年代のブライアンを演じたポール・ダノはとにかくブライアンにそっくりで才気溢れ、いっぽう80年代を担ったジョン・キューザック(!)からにじむ混乱と葛藤は隠遁時代のブライアンの姿を想像させた。そしてもうひとつ、書籍「ビーチ・ボーイズとカリフォルニア文化」を読んで想像するしかなかった精神科医ユージン・ランディの姿がとても印象的だった(彼が70年代に編纂した「アメリカ俗語辞典」のことも触れられて興味深かった。英語が好きな僕に、と中学生のころ親戚から譲り受けた辞書なのである)。

僕は《グッド・ヴァイブレーション・ボックス》《ペット・サウンズ・セッション》でビーチ・ボーイズを“発見”した世代のリスナーだが、想像の範囲を越えた風景を補完するのにあまりある内容で、映画を観ているそばから早く家のステレオでビーチ・ボーイズを聴きたいと思ったし、熱心に聴いていないブライアンのソロ作にも改めて触れてみようという気持ちになった。実際1988年リリースの初のソロアルバム『BRIAN WILSON』をターンテーブルに乗せるこれまでと違う印象で響き、孤独と暴力、テレビのニュースに落胆して「今夜僕らに必要なのは愛と慈悲だ」と歌う「Love and Mercy」のガラス細工のような美しさに感動した。あと何回か暑い夏の日に映画館で観たい。


ビーチ・ボーイズ関連テキスト
monolog:ビーチボーイズとアメリカ・インディアン」
monolog:英雄と悪漢(2012年のなつやすみ)


  
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2015年03月20日

第三京浜ドライブ|幕が上がる



昨日のこと。これから先のいろんな予定を考えたら今のうちに休んだり遊んだり羽根を伸ばしたりしておいたほうがいいかも、と本当は温泉へでも出かけようと思っていたのだけど、宿を探しているうちにめんどくさくなって、ドライブで海まで走るのもいい、と思って出かけたのだけど、途中で等々力の巣巣に寄り道して世間話していたらすっかり日も傾いたので第三京浜でIKEAまで行って行ってホットドッグだけ食べて吉祥寺に戻った。

夜、ちょうどタイミングがあったので観たいと思っていた映画を観ることに。ももクロ主演の映画「幕が上がる」、先に平田オリザの原作を読んでとても印象的で、高校生たちの心の動きを僕が追体験してしまって気持ちは10代に巻き戻っていて、その落とし前をつけてもらう。キラキラと弾けるような若さと青春群像。みんなかわいくて、不安で、何者でもなくて、これからどこへだって進んでいける。地方出身者の僕にとっては地方都市で暮らす10代の姿が25年前の自分が見ていた風景と重なった。

僕が通った大学は語学系の学校なので大学1、2年のときに在籍学科の言葉を使って語劇という伝統的なイベントがあって、学生が役者をやったり演出をやったり、大道具や字幕や衣装をみんなで担当して学園祭で発表することになっている。僕がいた英米語学科というのは人数が多い学科だったので、僕は模擬店の副店長をやって語劇にはノータッチだった。でも正直うらやましかったのだ、語劇チームが。20歳にもなって劇をやることが。そんなことを思い出した。学園祭のあとのキャンパス片隅の焼却場でベニアや段ボールを燃やす匂い、秋から冬に変わるタイミングの空気の冷たさなんかも。

そんな学生時代までもしみじみ思い出していたら、もう10年くらい音沙汰のなかった大学時代の同級生から急にメールが来て「いつも見てるブログに山田が載ってたよ」という。こないだ猫の譲渡会に行ったむさしの地域猫の会のブログだった。聞けばその友だちはむさしの地域猫の会の譲渡会がきっかけで今2匹の猫と暮らしているそうだ。家も近いみたいだし今度その猫たちにも会いにいこう。猫っていうのは磁石のように何かと何かを引き付け合わせる。本当に不思議だ。

それにしても若さって素晴らしい。青春っていうのは、しかし、心の持ちようでもあるなと思ったのだ。温泉にも海にも行かなかったけどとてもリフレッシュした一日でした。


  
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2015年03月13日

映画「夫婦フーフー日記」を観た

今から15年か、16年前くらいの話。デビュー当時は今より音楽雑誌がたくさんあって、リリースのたびにいっぱい取材を受けた。僕は元からそういうプロモーションに付随するあれこれが好きだったから(音楽仲間に聞くと苦手だった人が多くて驚く)「〇〇で取材してくれたあのライターさんは気が合うなあ」とか「このライターさんは知らなかったことをいろいろ教えてくれる」とか、そういう好みが出てくる。で、当時文芸レアグルーヴという屋号を名乗っていた清水浩司さんも僕の好きなライターさんの一人で、取材に出かけて相手が清水さんだと嬉しかったし、宣伝担当の人が清水さんを指名してくれたりもした。盛り上がったのはだいたい本の話だったかな。

2000年にGOMES THE HITMANが『cobblestone』というアルバムをリリースすることになったときに、アルバムタイトルと同じ「コブルストーン」という小説をつけるというアイデアが出た。曲名ごとの章があって、架空の物語がパラレルに進んでいくような。その小説も僕が書くということになりかけたときに「清水さんに書いてもらうというのはどうかな?」とスタッフの誰かが言って、僕も「ああ、それで決まりでしょう!」ということになった。このようにして前人未到の小説付きCDというパッケージは完成したのです。翌年「饒舌スタッカート」のマスタリング作業でアメリカ、カリフォルニアに行くことになったとき、取材同伴という名目で清水さんは僕と一緒にサンフランシスコに同行したんだけど、これは多分にこの小説「コブルストーン」にはらわれた大きな労力に対するねぎらいだったように思う(清水さんと僕はサンフランシスコでキャッキャはしゃいで遊びまわってばかりだったから)。



清水さんが「清水春日」という名前で「ぼんちゃん!」という小説を上梓したときは突然で驚いたが後から思えば清水さんはずっとペンを動かしつづけていたのだろう。ちょうど僕が肺気胸での休養明けの2004年「夜の科学vol.4」にトークゲストで出てもらって、僕の友人溝渕ケンイチロウ氏(カスタネッツ/DQS)が清水さんの小学校時代の同級生だったことが判明してサプライズ対面のお膳立てもした。いつも会ってお茶したりする人ではないが、ひょんなことで数年間隔であって変わらず面白い会話を交わすようなタイプの人だ、清水さんは。『Eclectic』リリース時に小沢健二さんに取材した数少ないライターのひとりでもありました。

で、清水さんが川崎フーフ名義で「がんフーフー日記」という本を出したということを知ったのも突然のことで(2011年の地震の後でした)、いつも聞いているラジオで渡辺祐さんがこの本を紹介してびっくりして、その日のうちに本屋へ行って、その日のうちに読み終えた。2009年から1年少しの間に清水さん家族のものすごい体験記に圧倒されて、すぐ電話をかけたことを憶えている。その後NHKで特番が組まれたり、また雑誌編集の仕事に戻ったとか、いろいろ話を聞いていたのだけど、去年突然メールが来て、中村佑介くんのイラストブックの仕事をご一緒することになった(清水さんは編集担当)。中村くんも『cobblestone』(小説「コブルストーン」含めて)に大きな影響を受けているので、この繋がりは時間がくれた宝物だな、と思った。その頃「フーフー日記」の映画化についても知ったのでした。



果たして佐々木蔵之介と永作博美主演で完成した映画「夫婦フーフー日記」を5月30日の公開を前に昨日観ませていただいて、清水さんにも「観ました!」とメールして「客観的に観られないから感想聞きたい!」と返事が来たのだけど、これが僕も意外とそんなに客観的に観られなくて(本棚に並ぶ本とかCDを凝視してしまったり、佐々木蔵之介さんの丹精な顔と清水さんの眠たそうなマナコを比較したりしちゃって)でも90年代後半のくったくのない楽しさとゼロ年代の鬱々とした停滞感とか、そういう自分の経てきた風景の記憶もフラッシュバックして、泣いて笑って泣いて、最後は笑った。友だちにお薦めしたい映画。

小説「コブルストーン」を今読み返すとインターネットやスマホの発達で簡単に可能になったことを予言しているような箇所が散見される。15年という時間はあっという間かもしれないし長い長い時間かもしれないし、いつもその時間感覚にはそのときそのときにブレがある。小説のなかの“こぶる野市”にいた「僕」や「ダヤマさん」「花坂さん」は15年たってどうしているだろうか。「COB-WAVEのMCフラオ」はまだ現役で、猫のアップダイクはもう星になったころだろうか。清水さんに来月のGOMES THE HITMAN『cobblestone』含む“まちづくり”三部作再現ライブを観てもらえたら嬉しいな、と思った。


  
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2015年02月02日

2月の始まり|ビッグ・アイズが見つめるものは



昨日のこと。朝からチケット販売開始になった高野寛さんとの3月に行われる2マンライブはあっという間にソールドアウトということでした。ありがとうございます。僕自身がとても楽しみなステージ、セッションもわくわくします。お昼から夕方までずっと録音作業。締め切りをひとつ先延ばしにしていた。充実した1月を過ごした気分だったがまだまだやることが積み上がっている。

映画サービスデイなので映画へ。ティム・バートン監督作品「ビッグ・アイズ」、1950年代のサンフランシスコの賑やかさとその色よ。アメリカ版“佐村河内ゴーストライター事件”といえばわかりやすいが、誰かが作るトレンドとか、アートという曖昧な価値観を見つめなおすきっかけになるようなところもあり、数年前に観たバンクシーの「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」に通じる居心地の悪さを感じて、それがとても面白かったです。

長く充実した1月が終わって気づけば2月、家じゅうのカレンダーを1枚めくってミモザの花をポチに備えた。春はもうすぐ?

  
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2015年01月14日

新宿で/自由が丘で



今週末の福岡、諫早ライブが近づいて、その準備をしています。福岡cafe Tecoはたくさんのお申込みをいただいていて嬉しい。でもまだまだ入れます。最後のあの空間でのライブなので遠くから近くからぜひもっともっとたくさんのお客さんとその歴史を讃えたいです。ぜひお友達誘ってきてください。cafe Teoがなくなってしまうと次の福岡での演奏はいつどこで開催されるか今のところ決まっていません。諫早オレンジスパイスは今日で「ひなたのねこ展」5日目。遅くなりましたが昨日からポチバッジも店頭に並んでいます。最終日の18日はライブを。長崎に限らず近郊からもぜひいらっしゃってください。とても楽しみです。

昨日のこと、去年の暮れのライブ会場でファンの方からいただいたチケットがあったので新宿まで出かけて「自由が丘で」を観た。なにも予備知識がないまま、なんとなく一連のパラダイスカフェの系譜の映画だと思っていたら全然違った。ズームインとズームアウトが印象的な独特なカメラワーク、化粧っけのない女優陣、切り刻まれて並べ替えられた時間軸、全編英語と韓国語。平日昼間の人影もまばらな映画館でエンドロールが流れてきた時には「ええっ!?」と小さな声が出てしまった。つまらなかったわけでは全然なくて、なんというか、映画のなかで自分が迷子になっているような感覚があって、それが神経を静かに刺激して面白かった。とても奇妙な映画体験でした。加瀬亮の英語は耳触りがいい。鑑賞券をくれた人、多分自分では選ばなかったであろう映画を観させてくれてありがとうございました。

  
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2015年01月02日

映画初め/ゴーン・ガール



新年1年目。持ち越したアトリエの大掃除をしながら、「今年は最初から気を緩めることなくきちんきちんとちゃんとしよう」と誓う。やるべきことを探せばあっという間にあれもこれもと指折り両手が必要なくらいだ。今日は吉祥寺スターパインズカフェで杉真理さんオーガナイズによる杉祭り、このイベントがあるからお正月に必要以上にだらだらすることなくスタートダッシュが切れる。去年はしかし38度の熱で「すわインフルエンザか!?」と救急病院にお世話になり(インフルではなかった)無理やり薬で熱を下げて朦朧としながらの一日だったから、今年は健やかに笑ったり感動したりしながらの長い一日を楽しもうと思う。吉祥寺でお会いできる皆さま、新年のあいさつを交わしましょうね。


2015年1月2日(金)@ 吉祥寺 スターパインズカフェ
“吉祥寺の杉まつり2015
〜皆さまにとってこの1年が未年でありますように〜”


〔紅組〕
遠藤響子 / 野田幹子 / 渡辺かおる / 玉城ちはる
峠 恵子 / Aisa / ほか
〔白組〕
杉 真理 / 村田和人 / 伊藤銀次 / 鈴木雄大
山田稔明 / 東郷昌和 / 松尾清憲 / 久保田洋司 / 黒沢秀樹 / ほか
特別枠:GOMES THE HITMAN

演奏:紅茶キノコ&ゲストミュージシャン
坂本 洋(key)/ 田上正和(g)/ 藤田哲也(b)/ 杉 未来(d)/
里村美和(per)/ 高橋結子(d,per)/ 清水 淳(d,per)
小泉信彦(Key)/ 関 雅夫(b)/橋本 哲(g)/
星 宣彦(g)/村田彼方(Dr)

15:00開場16:00開演
前売¥5500(+1drink)当日¥6000(+1drink)
チケット予約:スターパインズカフェHPをご参照ください

スターパインズカフェ(http://www.mandala.gr.jp
武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
TEL:0422-23-2251



昨日は夕方に録画していたはっぴいえんど特番を興味深く見入り、そのまま「お正月と言えばー」と『風街ろまん』を聴く元旦。夜になって出かけて映画初め、デヴィッド・フィンチャー監督作品「ゴーン・ガール」をレイトショーで。トレント・レズナーの音楽が不穏さをさらに演出しておもしろこわくて最後まで惹きこまれました。旧年中に観ていたらベスト選に入っていたかもしれない。年末に刊行したMONOLOG vol.13に書いた「超個人的BEST MOVIE 2014」を下記に転載します。


超個人的 BEST MOVIE 2014

昨年に続き今年もなんだかバタバタと忙しく映画館で見逃した映画がたくさんあったような気がします。家でテレビを観ることも少なくなり(テレビ観てると寝てしまうのだ)、数少ない楽しみはHuluで追いかけるアメリカのドラマ「ウォーキング・デッド」シリーズでした。しかし今年後半は「あまちゃん」以来の朝ドラ「マッサン」を楽しく観ています。年末年始のDVDレンタルの参考にどうぞ。

今年もっとも圧倒的だった映画はクリストファー・ノーラン監督作品「インターステラー」でした。いまだうまく感想を口にできないでいますし、会う人会う人と宇宙の話をするほどです。大好きな映画『キッズ・オールライト』の製作スタッフ陣が作った「メイジーの瞳」、そして全編モノクロのアレクサンダー・ペイン監督作品「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」アメリカの悲哀と家族の繋がりを描いたヒューマンドラマ。アメリカに行きたくなります。

そして音楽が重要な、見応えのある映画がいくつもありました。コーエン兄弟が作った「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」はアメリカのフォークシーンの実話に基づく話。猫が登場するのですが、なぜか電車に乗った猫が車窓を眺めるシーンで号泣してしまったことを憶えています。クリント・イーストウッド監督作品「ジャージー・ボーイズ」もとにかく素晴らしかった。音楽を続けていく勇気を受け取りました。まだ公開前(来年2月ロードショー)の「はじまりのうた」は「ONCE ダブリンの街角で」を作ったジョン・カーニー監督作品。一足早く試写を観させていただきました。名もなきシンガーが自分の歌を見つける過程にワクワクさせられる物語。お薦めしたい新作。


2014年の5本(& 2015年公開の1本)
インターステラー
メイジーの瞳
ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅
インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌
ジャージー・ボーイズ

はじまりのうた
  
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2014年11月27日

映画「インターステラー」を体験



昨日のこと。クリストファー・ノーラン監督作品「インターステラー」をレイトショーで体験した。映画というものはこれまで人間が見たことのないものを見せるエンターテイメントであるならば「インターステラー」は完ぺきな物語だ。160分という長尺をまったく感じさせない初体験シーンの連続だった。昨年の「ゼロ・グラビティ」以上にそのストーリーに惹きつけられた。僕は根っからの文系人間なので宇宙のことを考えることすら放棄しているが、この映画を見終わった後はブラックホールやワームホール、次元についてインターネットに書いてあることを読みふけってしまいました。

時間の単位、時間の感覚を考えるときに、猫は15年から20年くらいで一生を終えるから人間の寿命に換算すると4倍以上の早さで与えられた時間が過ぎていくことになる。妹だと思っていたポチがおばあちゃんになって天寿をまっとうするまでの13年間で果たして僕自身はどれくらい成長しただろうか、などと星の見えない雨の夜空を見上げながらぼんやり考えてしまうような、なんだかよくわからないが途方もないスケールの風景を見てしまった。宇宙に詳しい誰かにいろいろ説明してもらいながらもう一回観たい映画。やっぱり映画館で観る映画は格別。

ディラン・トーマスの詩とウディ・ガスリーの「ダストボウル・ブルース」が耳の奥にこだまする。  
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2014年11月21日

映画「はじまりのうた」を鑑賞



昨日のこと。2月公開予定の映画「はじまりのうた」の試写会を一足早く観させていただく機会を得た。2007年「ONCE ダブリンの街角で」を撮ったジョン・カーニー監督によるニューヨークを舞台にした作品。お互いを必要なパートナーとして活動するミュージシャンカップル、二人で作った曲が映画主題歌に抜擢されてメジャーデビュー決定。ニューヨークにやってきてセレブのような生活、しかし光と影のなかでのすれ違い、浮気の発覚などで状況が一転、行き場のない孤独へ突き落とされてしまった主人公グレタは行くあてのないまま街をさまよい・・・というストーリー。

主人公を演じるキーラ・ナイトレイの可憐さと眼差しの強さは物語をグルーヴさせる。全盛期のウィノナ・ライダーにも似た雰囲気。彼女に目をつけるプロデューサーを演じるのは「キッズ・オーライト」のマーク・ラファロ、スターダムにのし上がる彼氏役はMAROON5のアダム・レヴィーン。劇中の音楽も素晴らしく、その制作過程とニューヨークの街並を眺めているだけでもわくわくする。銀座までの行き帰り、昨日はずっと冷たい雨の日だったが、この映画を観てとても楽しい気分になった。行ったことのないニューヨークに改めて強く思いを馳せることにもなりました。「ONCE ダブリンの街角で」も映画を見終わってすぐサウンドトラックを買った記憶があるが、「はじまりのうた」のレコードも今日早速買ってきた。キーラ・ナイトレイ自ら歌った歌はとにかく瑞々しく、インディ・クイーンのよう。音楽がいい映画はそれだけで素敵な映画。音楽好きにも映画好きにも、ミュージシャンの友だちや後輩にも薦めたくなる作品でした。

原題は「BEGIN AGAIN」、もう一回やり直すという意味。「始める」とはすなわち「やり直す」ことだ。音楽というのはみんなで楽しく共有することだってもちろんできるが、固く閉じた心に忍び込む魔法のようなものでもある。独りになりたいと願う人だって膝を抱えて目を閉じていても耳にイヤホンを突っ込んで歌を聴くのだから、音楽にはまだまだいろんな可能性があるよな…と、なぜだかそんなことを改めて考えさせられました。


  
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2014年10月30日

映画「ジャージー・ボーイズ」を観て四季を想う



最近会う何人もの知人と「『ジャージー・ボーイズ』は観た?」という会話を交わした。早く観たい!と思っていたクリント・イーストウッド監督作品「ジャージー・ボーイズ」をうちから一番近い劇場の上映期間ぎりぎりのレイトショーに間に合った。映画館で観る映画は「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」以来、まだポチが元気だった頃。今年はじめのフランキー・ヴァリ来日、映画の日本公開直前の先月に彼らのプロデューサーだったボブ・クリューが亡くなるというタイミング。しかし僕自身はフランキー・ヴァリおよびザ・フォー・シーズンズを熱心に聴いたことがなかった。

しかし予備知識がなくても映画は僕をどんどん惹き込んでいき、アメリカの豊かさと貧しさ、光と影、そしてエンターテイメントのスポットライト眩しいステージとその舞台裏のコントラストが絶妙に描かれます。映画の元になった大ヒットミュージカルのキャストによる説得力のある歌唱はぐいぐいと物語を引っ張っていき、2時間超えの尺もあっという間でした。「FOUR SEASONS=四季」とはよくできた名前。映画は10代の青年たちの才能が萌芽する春から始まって夏、秋、冬と季節を変えていく。そしてこれから先の5つ目の季節がまだ続いているところが素晴らしい。

バンドというのは4人組の場合、2対2に別れたり1対3で対立したり4人4様に孤立して散り散りバラバラになったりするものだ。解散してなくなってしまうグループもいれば、なんとか走り続けるグループもいるし、長い時間を経てそれぞれの支流がもとの大きな川に合流することもある。「ジャージー・ボーイズ」を観て、バンド結成黎明期の情熱のような契りのようなものに願いをかけて音楽を鳴らし続ける彼らの姿に感動して、僕自身も“バンド”についていろんなことを思いました。

個人的にはフランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズの楽曲に、同じニュージャージー州出身のブルース・スプリングスティーンへの影響を見て興味深かった(サウンドもとても斬新だった)。奇跡のファルセットと謳われたフランキーの声、長いツアーやプレッシャー、ストレスでアルコールや薬物などいとも簡単にその美しさをなくしてしまう要因もたくさんあっただろうに80歳になっても歌い続けているということに感嘆する。「音楽に対して真面目である」ということが何より大事なのだと再確認しました。今日予定しているライブ演奏曲目を眺めてみたらファルセットで歌う曲がひとつもないことに気付いて、今まさにセットリストを再考しているところ。フランキー・ヴァリ効果で今日はいつもよりももっと高く美しい声で歌えそうな気がする。

今晩、青山月見ル君想フにてライブがあります。ぜひに。


2014年10月30日(木)@ 青山 月見ル君想フ
[lifter] presents “fargic vol.2”

18:30開場/19:00開演/前売2,500円(ドリンク代別途)
出演:[lifter]、momo、山田稔明(GOMES THE HITMAN)
オフィシャルサイトRESERVEフォームにて予約受け付け中

青山 月見ル君想フ
〒107-0062 港区南青山4-9-1シンプル青山ビルB1F
TEL 03-5474-8115  
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2014年10月20日

連続ドラマW「グーグーだって猫である」を観た



WOWOWの連続ドラマW「グーグーだって猫である」の第一回目を観た。放送が決まったときからとても楽しみにしていたやつだけど、素材が大島弓子「グーグー」、舞台が吉祥寺だというだけでもう満足していて、正直なところその内容に関しては過度の期待はしていなかった。しかし結局最初から最後までうるうると涙目で見入ってしまいました。すべてのロケ地がどこだかわかるというのもすごいが、吉祥寺をとても吉祥寺らしく撮ってある。音楽も素晴らしい。全4話、これからのストーリーにも期待。

「グーグーだって猫である」は愛猫サバを亡くすところから物語が始まるが、サバを深大寺動物霊園で荼毘に付すところでもう泣けて泣けてしょうがなかった。ここはポチが今年6月に旅立ったときに同じように呆然としながら僕が立ち尽くした三鷹の森の中にある霊園。愛猫サバの遺骨が収められた壷もポチのものと同じ形、同じ筆跡で名前が書かれていた。主人公が猫を亡くして次の猫に会うまでの時間をとても丁寧に描かれているのも印象的。井の頭公園の北入口にドナテロウズというお店があったときはあのへんに猫がわんさかいて楽しかったのだけど最近はそれほど猫を見かけない。それでも公園を歩くときに思い浮かぶのは失意の主人公の前にあらわれた映画版のグーグー、そしてこれからはこのドラマのなかの小さなグーグーと田中泯演じる老人になるだろう。

以前にも何度も書いたエピソードなのだけど、今からずいぶん前に大島弓子先生のお宅に僕宛の荷物が誤配送されるという出来事があった。それはある出版社から送られた保坂和志さんの新著で(大島先生は保坂さんの「猫に時間の流れる」文庫本に解説マンガを書いていらっしゃったし、僕は文藝2003年夏季号「保坂和志特集」に寄稿した経緯もありました)きっと武蔵野市方面への発送分が重なってくっついていたのだろう。大島先生はその荷物を間違って開けてしまった、とお詫びのお手紙とともに改めて僕に転送してくださった。「ちょっと猫がかじっちゃってごめんなさいね」と付け加えられたメモに僕は小さく感動したのでした。

その心遣いへのお礼と、おこがましくも「グーグー」や「綿の国星」などのファンであること、自分がミュージシャンであることを記して当時最新盤だった『ripple』をお送りして、またそのお返事に「午後のコーヒーの時間に聴いていますよ」という言葉もいただいたりした。「グーグー」の連載が大島先生の生存確認のすべのようなものだったので2011年にグーグーが亡くなって物語が終了したときはとても悲しかった。今も変わらず元気でいらっしゃるだろうか、と思ったら今月新刊が出ていることを知った。奇しくも中村佑介くんとのコラボ「きららちゃん」の元となった「きらら」での連載をまとめたもの、「キャットニップ」はグーグー亡き後の猫エッセイマンガの延長線。さっそく今日買ってこようと思います。

しばらく毎週末が待ち遠しい。  
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2014年08月16日

お盆だから/bon voyage〜終わりなき旅の流浪者【MOVIE】



お盆は今日まで。なので「bon voyage〜終わりなき旅の流浪者」のリリックビデオをパパッと作ってみました。「盆」と「bon」のダジャレですが、歌詞を改めて読み解くとこの季節に絶妙にマッチしている、ような気がする。四季を駆ける生きている者たち(我々)は終わりなき旅の流浪者なのですね。これは2010年秋、地震の前に書いた曲ですが、ようやく言葉に心が追いついてきたような気がします。『緑の時代』に収録、FM局でよくオンエアしていただくようになりました。映像も地震よりも前に撮った古い映像(4:3でHD画像じゃない頃)。あまり演奏する機会のない曲ですがいつかまた歌ってみたいと思います。  
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