
写真家の斎門富士男氏の愛猫ポチ(三毛猫なので女の子だ)を譲り受けることになった僕は1週間でペット可のマンションを東京郊外に見つけて引っ越し、数日かけて猫を迎える準備(壁に段々になった棚を作り付けたり猫のトイレを買ったり食事用のトレイを用意したり)の後、2001年11月26日に静岡は伊東の斎門邸に車でポチを迎えにいった。
ポチは僕を憶えていたのか(憶えてないと思うが)怯えもせず膝に乗ってきたりする。前足を怪我してるみたいで歩きづらそうだった。連れて帰る途中で熱海辺りで時期外れの花火があがっていた。
初めてうちに入ったポチはうってかわってそわそわ落ち着かなくなり、ケージのなかに入って斎門さんちで慣れ親しんだバスタオルのそばで大きな目を光らせてキョロキョロしている。手の怪我が気になって、家に来て2日目の11月27日に動物病院に連れて行った。
【2001年11月27日】
ポチはたくさんの猫と一緒に飼われてたり、葉山のころは好き勝手に外に出ることもできたはずなので健康状態も調べておいたほうがいいと思っていた。だけども実際病院で見てもらうと手の怪我は思ったよりもかなり悪くて、手の甲から手のひらまで傷が貫通している。肉球のあたりがひどく膿んでいて異臭を放ち、触ろうとすると体を力ませて鳴いたりする。
僕が動物病院に来たのは物心ついてからは初めてだったのだけど、飼い主も積極的に治療に参加しなければならなくて、逃げようとする猫をがっちり捕まえて爪で引っかかれながらも押さえつけたりしないといけない。結局手のひらの膿を摘出するためには僕の手助けなんかではままならなくて、ポチは別の部屋に連れていかれて、麻酔なしで痛い思いをしたのだと思う。
僕は待合室で胸をドキドキさせながら傷の深刻さにショックを隠せなくて煙草を何本も吸った。戻ってきたポチは手に包帯を巻かれ気の抜けたような顔でぐったりしていて、獣医さんも気の休まるようなことは言ってくれなかった。とても深い傷なので完治に時間がかかること、猫同士の喧嘩傷なら伝染病の可能性が高いこと、自宅での消毒など根気のいる治療について。その日からポチは傷を舐めないようにカラーを付けることになった。いわゆるエリザベスカラー。食事以外は絶対外さないこと。1日2回の抗生剤服用、手の傷の消毒、目薬。ついでに首筋にノミ駆除のためのフロントラインという薬をつけてもらった。
診察料 ¥1,500
薬価代 ¥3,720
・・・・ 内訳
飲み薬¥80×14(1週間分)
飲み薬¥200
消毒用塗り薬¥400
点眼薬¥2,000
メディカルテープ ¥500
傷の処置代 ¥1,500
駆虫代 ¥1,200
===========計 ¥8,840
なんだか僕もポチもぐったりして帰ってきた。看病生活の始まり。それでもポチはよくドライフードを食べてくれるので少し安心した。カラーをつけてエリザベス女王のようなポチは心地悪そうで、後ろずさったりしている。
錠剤を飲ませるのは至難の技だった。ポチの小さな口に指を突っ込むのだってはばかられるのに一回「うげっ」と吐き出した相手にもう一回トライするのは酷な話だ。さらに前足の包帯を外し体を押さえつけて、手の傷の膿を綿棒でかき出し、軟膏状の消毒をたっぷり塗ってまたテーピングと包帯である。猫は手の使い方が器用なのできつく巻き付けてもすぐ外してしまう。
ノミは全くいなくなった。首の下、胸のあたりに毛が抜けてかさぶたになっている部分が気になる。この日から2日間身動きの不自由なポチのために寝室ではなくリビングで寝ることにする。
【2001年11月30日】
2度目の病院。引き続き手の怪我の治療と併せて、懸念されるウィルスによる病気の検査。手の怪我は小康状態で、今後も自宅で同じ処置をすることに。血液を採取してしばし待合室で猫のケージを覗き込みながら待つ。小刻みに震えるポチ。
結果は予想していた通りFIV(猫後天性免疫不全症候群)陽性。ポチは猫エイズだ。正確には猫エイズに感染していて今後発症する恐れがある、ということだ。事実を突きつけられたら前向きに考えるしかなく、「すべての猫エイズの猫が発症するとは限らない」「発症せずに天寿をまっとうする猫も多い」という文章ばっかり何度も眺めていた。猫エイズよりもっと恐れていたFeLV(猫白血病ウィルス)は陰性、ほっとした。ポチにとってはしんどい1週間。
診察料 ¥700
検査料 ¥6,000
傷の処置代 ¥1,500
=========計 ¥8,610
なんだかんだ言っても現状を把握できたことで腹をくくったというか、「頑張ろうな」と猫に声をかけることしかない。カラーと手の包帯で窮屈そうだがポチは奇麗な顔をしている。ご飯はよく食べるが、水もものすごく飲むのが心配。
【2001年12月3日】
抗生剤などの飲み薬がなくなる日なので病院へ。目薬もなくなってきた。手の傷はどんどんよくなってるみたいだ。早くカラーを外してあげたい。口が臭いのが何とかならないかと思って猫用の口臭のスプレーを買う気持ちの余裕がでてきた。手の怪我処置代をとられなくなった。
診察料 ¥700
薬価料 ¥4,440
・・・・ 内訳
¥80×28(2週間分)
点眼薬 ¥2,000
オーラルハイジーン ¥1,260
==========計 ¥6,650
2日後の夜、大阪の友だちが家に泊まりに来た。猫を飼ってる人なので匂いがするのかポチが擦り寄り場が和むが一転、トイレのうんちのなかに白い虫が見つかり大騒ぎに。ポチはさらに元気な顔になっていった。
【2001年12月7日】
12月7日、4回目の動物病院。だいたい朝まで起きてて昼過ぎに起きる生活をしている僕が朝の10時半に病院に通えてるのにも驚いている。この日は猫3種混合予防接種を受ける。うんちに虫がいたので駆虫の内服薬も飲まされる。そしてやっとポチの手の包帯が取れた。カラーからも解放ということである。ポチがうちにきてからこんなに心から嬉しい瞬間は初めてだ。口の周りを指でなでると目を細めてグルグルと幸せそう。
診察料 ¥1,500
予防接種(猫三種混合) ¥4,000
駆虫 ¥3,600
==========計 ¥9,550
家に帰ってきてからポチは自由にいろんなところをうろうろして、ようやく猫らしくすごくいい顔になった。元気なポチを久しぶりに見た。
【2001年12月11日】
引き続き錠剤は服用するということで、この日は僕だけ病院へ行って薬を1週間分処方してもらう。
薬価料 ¥1,320(¥80×14)
==========計 ¥1,320
これであとは風邪なんかを引かないように健康管理をしっかりとしてれば、と思って数日過ごすうちにポチの胸のかさぶたが増え、両横腹、脇の下、腿の裏側とどんどん毛が抜け皮膚の炎症もひどくなってきた。さらに口の周りとあごの下が黒ずんできたのだ。ご飯もあまり食べたがらない。動き回るのをやめ、うずくまるようなことが多い。
【2001年12月14日】
12月14日、5回目の病院、ポチは見るからに弱々しい。先生も「うーん」と考え込む。飼い主の僕にかゆみなど症状がないからノミとかダニが原因ではないし、ワクチン接種による副作用も考えられないみたい。ポチがFIVキャリアだということを考えると日和見感染というか、普段ならなんともない細菌の影響を受けて炎症が起きているとも考えられる。
取りあえず血液の成分検査。調べてみると正常値より高いのは白血球、たんぱく、血糖値であった。ポチにとっては白血球数が減ることのほうが怖いことだから結果的にはいい、と先生は言ってくれた。たんぱく量増加=脱水症、と検査報告書に書いてあるがポチも少し脱水症状が見られる。
あてはまるどの項目を見ても「ストレスによる」と書いてあって、家に引っ越してきてずっとカラーをつけて病院の診察台の上で震えているポチを見ると可愛そうになった。ポチは皮膚の炎症のまわりを広範囲に毛を刈られ、消毒され、舐めないようにまたカラーを巻くことになった。飲み薬が1種類増え、塗り薬が処方された。口まわりの粒状の黒いものはアクネという“にきび”のようなもので、ブラシでこすると取れるらしい。取りあえず舐めさせないで投薬して様子を見ようということになった。
診察料 ¥700
薬価料 ¥1,800
・・・・ 内訳
内服薬 ¥80×10
塗り薬 ¥1,000
血液検査料 ¥4,000
=======計 ¥6,820
喉元と左右の横腹から脇の下、両膝と毛を刈られたポチは、それはもう人に見せられないくらいみじめな姿になった。見れば見るほど本当に毛が生えそろうのかと思うくらいだ。なかなか体調もよくならない。毛繕いのときに飲み込んだと思われる大量の毛がうんちの中に混じっていたり、ふけのようなものが毛の表面に浮いてきたりする。 (続く)