いよいよやってきた、GOMES THE HITMAN結成30周年記念ライブシリーズの第一回目。晴天に恵まれて吉祥寺は夏みたいな陽気、汗をかきながら機材を搬入。入り時間に誰ひとり遅れることなくメンバー全員揃っていて、たくさんの荷物もあっという間。みんなワクワク、あるいはドキドキしている感じ。うちらはともかく、結成当時のベース遠藤さん、ドラムの山田くん(ちーやまくん)、ギターの公平くんは満員のライブハウスでライブをやるなんて非日常なわけだからソワソワもするだろうな。その様子を見てほくそ笑む自分は昔から変わらず少し意地悪な人間だなあと感じる。
機材セッティング、サウンドチェックをしている間に遠藤さんが発掘してきた学生時代のバンドの写真がグループLINEにいくつも届いて笑って手が止まる。今よりももっと痩せている自分の姿、分厚い眼鏡をかけているから、なんだか虫みたいに見える。ひょろっとして弱々しい。名前くらいは強い感じのやつに、というのはそういう頼りないビジュアルに起因するのだ。ゴメス・ザ・ヒットマンというバンド名は僕がテレビでスペインの闘牛「ゴメス“ザ・ヒットマン” ロドリゲス」というのを偶然見て、なんて強そうなの!とつけた名前。まさか30年もその名前を看板にしていくとは思わなかった。「ゴメスの名はゴメス」という今年のイベントのおかげでようやく、その名前がちょっとかっこいいなと思えるようになってきた。チケットは完売満席、こんな恵まれた環境で当時のメンバー3人と四半世紀ぶりに一緒に演奏できるなんて出来すぎた話。良い予感しかしなかった。

1曲目に結成当時のメンバーで、最初のライブで演奏したLEMONHEADSの「
It's a shame about Ray」をやることは最初から決めていた。遠藤さんが「最初にやったのってR.E.M.じゃなかったっけ?」と回想したのは半分正解で、最初の練習で僕らはR.E.M.の「
One I Love」をコピーしたのだ。でも本番が迫るにしたがって僕がサビで「ファイヤー」と歌うのが恥ずかしくなってしまいLEMONHEADSになったというわけ。なにしろ僕にとって初めてボーカルを担当するバンドだったから、シャウトしたり歌い上げたりしない曲のほうがよかったのだ。開演前、僕が選曲した
1993年の音楽が流れて、ステージに向かうときにはたまたまENIGMAの「
Return to Innocense」で、その神々しさ仰々しさ、いかにもアマチュアバンドが出囃子に使いそうな思わせぶりなBGMでちょっと笑ってしまう。なにこれ、最高じゃん、と。
山田、堀越、そしてベース遠藤宗広とドラム山田靖でのオープニングLEMONHEADSのカバー。なぜか堀越メンバーはギターを弾いてザワザワ感にさらに加担する。僕が弾いているFender JapanのThinlineはバンド初期当時に弾いていたギター、高価なものではないけれどもう30年近く経つのだな。ざわざわするなかで「こんばんは、GOMES THE HITMANです。最後までよろしく」からの、補足説明。みんなそんなに緊張してなくてよかった。2曲目はバンド最初期の楽曲「緑の車」を当時のアレンジ、CD化の際に削った歌詞を1ブロック分もとに戻しての演奏。楽しくて、可笑しい。くすぐったい感じ。

GOMES THE HITMANに参加した順番としては高橋結子、けっちゃんが5人目だったと記憶している。サークル棟の部室の外で練習していたけっちゃんにちょっと録音してるからタンバリン振ってくれ、というのが最初だった。「溶けて死ぬのさ」か「スミス」だったかな。5人で「平和なるサバービア」、そして「センチメンタル・ジャーニー」は当時遠藤さんが書きかけのまま放っていたメロディに僕が歌詞を書いて完成させた曲。まさかあれから何十年も経って一緒に演奏するなんて、想像もしなかったよね。
もうひとりの旧友をステージへ招く。ギター久保公平くんは長崎佐世保出身なので彼と話すとき僕は九州弁になる。公平くんがゴメスに参加したのは多分1995年。僕は彼とは大学1年のときから別のバンドを一緒にやっていたので(爆風スランプのコピーバンド、僕はベースだった)一番古い友だちということになる。アンスラックスとかメタリカとかラウドミュージック好きなのは僕も同じ。彼は今でもそのへんのギターを趣味で弾いている。ギターソロがある曲がいいなと思って「青年船に乗る」をセレクト。6人編成のステージに須藤さんがカメラで撮影しながら登場。須藤さんがGOMES THE HITMANになったのは遠藤さんが辞めることになって別のベーシストを連絡先を須藤さんに尋ねたことがきっかけ。その人よりオレのほうがいいと思うよ、という男前な台詞をずっと僕は忘れない。7人で演奏するのは「オレンジ〜真実」前半のハイライトは間違いなくこの曲でした。公平くんが弾いてるギターのフレーズを一人で再現するのに苦心した去年だったからなおさら。真実パートの音の重なりは奇跡みたいな時間でした。

ステージ上はオリジナルメンバー山田と堀越だけになって「会えないかな」。しみじみする。思えば遠くへ来たものだ。「会えないかな」は「もう多分会えないだろうなあ」という想いを歌った歌だけれど、こうやって人生には再会が待っているのだね。けっちゃんのドラムが切り込んできて現メンバーで演奏する「遅れてきた青春」。続く「朝の幸せ」と『slo-mo replay』で再録した楽曲が並ぶ。「スミス」は間奏部分に大学時代の先輩のバンド
遅れてきた青年の「サルトルと煙草」という曲を挿入引用した。これはアマチュア時代にやっていたことで、僕はそのバンドの大ファン、一時期はバンドメンバーでもあった。ボーカルの東さんが観にきてくれていて感謝の印を伝えられてよかった。
「believe in magic in summertime?」と「溶けて死ぬのさ」、ラウドなギターポップの演奏はとても手応えがあって、これは多分旧メンバーの前でいいところを見せたかったからかもなと思う。「coffee」での会場から届く歌声もとても良かったね。感動しました。この日のために書いた新曲「余韻」は「北風オーケストラ」とか「ready for love」とか、そのあたりの曲を彷彿とさせるようなゴメスっぽい曲を作ろうと思って作った。「名前のない歌」もこの流れに美しくフィットする歌になってて、音楽はやっぱり時とともに変化していく。新曲2曲から最初期の「tsubomi」のコントラスト、そして本編最後は「僕はネオアコ」。我ながら完璧なセットリストだなあと思う。

アンコール最初に演奏した「覚醒ロック」、この曲はバンド初期から存在するけれどもこれまで一度も録音されていない“置き去りのままの曲”。WEEZERの1stに触発されて書いた習作だけれど、いつかきちんとレコーディングしたいなあと思う。最後は「ブックエンドのテーマ」この日ほどこの曲の歌詞が個人的に染みたことはなかったな。それぞれの場所へ帰っていくみんなが元気で幸せでありますように。そんな感情を歌にできた自分自身のことも誇らしい。最初のセットリスト案では「雨の夜と月の光」が入っていたんだけれど、デビュー前に存在しない「雨の夜と月の光」は演奏しないほうが自然な流れじゃないか、と最終リハの段階で削られた。多分「雨の夜と月の光」を演奏しなかったライブはものすごくレアなのでは?
再び全員をステージに呼び出して7人で最後に合奏するのは「スプリングフェア」。これも実は遠藤さんと僕とで作った歌だった(2018年の『SONG LIMBO』制作時に遠藤さんは「おれの名前はいいよ」とクレジットを辞退した)。長いアウトロがずっと終わらないならいいなと思ったくらい楽しかった。センチメンタルな気持ちには全然ならなくて、打ち上げもみんなずっとゲラゲラ笑ってた。「皆さん本当に良いファンだよ」と3人が声を揃えて満員のお客さんのことを褒めていました。本当にご褒美みたいな時間。遠藤さん、ちーくん、公平、スタッフチーム、そしてわちゃわちゃしたステージをまとめてくれたスターパインズカフェのスタッフ陣、お客さん、そしてもちろんこれからも続いていくGOMES THE HITMANに心から感謝。また7月に楽しいことしましょう。
撮影:吉積里枝