月曜日、夜になって吉祥寺曼荼羅にキッチンのライブを観にいった。吉祥寺界隈に長いこと住んでいるが曼荼羅には初めて入った。中央線っぽいというか、雰囲気のある穴ぐらみたいなしっとり気持ちのいいハコだ。キッチンというのは男女2人組の良い歌を聴かせるグループでKKBでお馴染みの安宅くんがかつて在籍したバンドで最新のアルバムではイトケンさんがドラムを叩いて(この日もイトケンさんサポートDr.)上野くんがディレクションしている。近所なので散歩がてら、というつもりで聴きにいったのですが久しぶりに生の音楽を聴いて感動した。良い言葉がたくさんあってライブ中に言葉のイメージがバババっと湧いたりして2回くらいメモを取ったりしてしまった。終演後外へ出ると雨が降っていたが観にきてよかったなーと思いました。
火曜日、昼から四谷、市ヶ谷。森達也著「ぼくの歌・みんなの歌」という本がとても面白く、「ああ、昔は英語の辞書を片手に死に物狂いで歌詞の意味を知ろうと頑張ってたなー」と10代の頃を思い出す。「Yesterday Once More」と「Hotel California」、「Born in the U.S.A.」に隠された時代背景と歌詞のリンクを若者に伝授。もはや定説となっている歌詞に含まれるメタファー(例えば「Hotel California」における“あいにくうちでは1969年以来お酒(魂)はお出ししていません”とか)は知らないよりは知っていたほうが音楽が面白く聞こえる。
歌詞の言葉には曖昧さや不可解さがあるほうがいい、と僕は思っていて、例えば僕が書いた「それを運命と受け止められるかな」という曲は「それを運命として、嗚呼、僕は受け止めたいと思ってるけどできるかなあ」という意味なのか、「いや、それを運命だなんて僕は簡単受け止めたりしないぜ」という意思が含まれているのか、その答えは歌詞の中には“ない”と思うのだけど、それが作者である僕のなかに明確な答えとして存在するかというとそんなことはなくて、そこに含まれる言外の意味は歌うたびに不安定にころころ心変わりする。かといってそういうふうにウソぶくことで「それを運命だなんて簡単に受け止めたりしないぜ」という熱い思いを僕が照れ隠ししているのかもしれないわけで、本当の意味とか正解なんてものはあってないようなものだ。いわゆるSKN(=そんなの関係ねえ)ということだ、と僕は今日考えた。意味は聴く人が決めるのだ。