
広島の夜は明けて東京へ帰る日、しかし帰りのチケットを取っていない成り行き次第の行程。当初は広島から新幹線で一路東京へという予定でしたが、期せずして加古川チャッツワース岸本夫妻と落ち合ったので作戦会議。午前中のうちに岸本さんの車で尾道まで辿り着いて尾道ラーメンを食べて散策した後どこか適当な新幹線の停まる駅で降ろしてもらう、という計画に。尾道はずっと行きたかった街、頭の中では「ブルーの構図のブルース」という小沢健二の歌が流れる。広島から1時間ちょっと尾道はとても静かな街。
とりあえず曲がりくねった細い坂道をあちらサイドからこちらサイドへと歩きまわる。ふとった猫がたくさんいました。本当に迷路のよう。辿りついたのは坂の上の志賀直哉旧居。小さな庵だが風情があり振り返って見下ろす景色も素晴らしい。
観光客は僕らだけで尾道弁の館長さんがとても丁寧に面白く解説してくれた。「他のお客さんが来んうちに」と本来立ち入り禁止の書斎にあがらせてもらった。「暗夜行路」の草稿を書いた部屋、機智のシャワーのようなものを浴びました。
観光地図をいくつか手に入れ、今度は「時をかける少女」はじめ尾道映画のシーンを回想しながらロケ地めぐりを。指でフレームを作ってどこを覗いてみても絵になる。映画の神さまが設計した街のよう。さっき会った三毛猫がトカゲかなにかをくわえてスタスタと歩き去っていきました。

長江小学校という、「時をかける少女」の舞台になった校舎へ向かう山肌に沿った細い坂道は他にはない風景でした。と同時に荒れ果てた廃墟も数多く時間が止まってしまった街のようにも見える。長江小学校、登校するには急勾配な石段を登らなければならないが子供時代の思い出にこのシーンが刻まれるのはうらやましい。月曜日ということもあり人出も少なく、ちょっと疲れて言葉が切れるとても静かな時間が流れる。目を凝らすと海が見えて視線を落とすと石畳が美しい。帰京後すぐにDVDを借りて「時をかける少女」を観た。よみがえる記憶と見れなかった景色と、そして原田知世さんの可憐さ。また再訪したい街リストに「尾道」の名前が加わりました。
尾道博士である友人PLECTRUMのタイスケくんに指南を仰いで朱華園というお店で尾道ラーメンを。あっさりして美味しかった。お土産屋さんも充実していて岸本さんが買ってくれたチャイダーというお茶とサイダーをミックスしたB級ご当地モノも面白かったです。
もうひとつ、「れいこう堂」というとても個性的な、伝説的なレコード屋さんを訪ねた。これだけクセのある音楽を並べているお店にはなかなかお目にかかれない。このあたりではとても活発に音楽イベントが重ねられている印象。CDを渡して挨拶していろいろアドバイスをいただく。尾道、広島、四国と今までなかった連なりのツアーが組めたら素晴らしいなあと思う。

歩きまわり過ぎて、すでに予定よりも時間が経ってしまい、さあどこへ行こう、どこから帰ろうと経路を調べるも尾道から山陽新幹線の駅までの距離、値段、ここまでの疲労具合を足したり引いたりして計算すると、「神戸から飛行機で帰るのが一番楽チンじゃね?」ということになって、そのまま岸本さんの車で加古川まで行くことに(僕は爆睡)。2ヶ月連続の加古川チャッツワース、お店のスタッフみんなもビックリしながらも「おかえりなさい!」と行ってくれました。冷たいお茶とサマープディングのおかげで生き返る(チャッツワースマスターの日記はこちら)。金曜日から4日間、毎日毎日がとても密度の濃い行程。点と点が繋がっていき、それがさらに繋がっていくのだ。
夜のフライトは東京の夜景がきれいで大好きなのだがこの日はまったく目が覚めないまま着陸。東京はいつもの東京でした。旅が始まりまた次のやつが始まる。坂道を登り切ったところに誇らしげに貼り出されていた、尾道の小学生が書いた詩が素晴らしくて、旅の終りにこの詩の内容を反芻して数日間を振り返ったのでした。
鳥栖と福岡と広島、尾道と加古川、皆さんありがとうございました。

