新年早々の三連休のまんなか。明日10日は成人の日です。僕の自分の成人式は1994年だったか(19歳のときにGOMES THE HITMANを結成したので)ずいぶん時間がたったものですが、とても印象的な成人の日は2001年のその日でした。あれから10年もたった。とても長い10年で、全然あっという間だとは思わない。
2000年末に笹路正徳さんと録音し、LAでマスタリングまでさせてもらった「饒舌スタッカート」という曲はとても全国でたくさんのパワープレイをいただき2001年1月24日に発売された。勢いついて、なぜか僕らは横浜市の成人式(横浜アリーナで、だ)でお祝いの演奏をすることになった。年末にドラマーが脱退し4人組になった僕らはサポートドラムに元カスタネッツの金野さん、サポートギターに現在ソウルフラワーユニオンで弦楽器を担う高木克さんを配した6人編成。
確か「拍手手拍子」「饒舌スタッカート」を含む20分くらいのセットを午前と午後の2回の演奏だった(横浜市は広大なのだな)。予想はしてたけれども反応はひややかで(僕だって自分の成人式で知らないバンドが出て歌ったら「誰だよ」と思うさ)「スピッツの曲歌ってー」という声も聞こえたのを憶えています。
まあ、でも、どうにか終わって午後の部。今度は冷ややかさと同時に変な熱さをアリーナから感じる。キテレツな紋付袴とか、髪をポマードで固めたり立てたりしたり、悪そうなグラサン姿の若者たちが席を立ってうろうろしている。演奏を始めるとヤンキーたちはステージ上に乱入してきた。僕らのマイクを奪おうとこっちに攻めてくるのを係員の人たちがタックルしたりこぜりあいしたり、そんななかで僕らは演奏したのだ。
今となっては成人式でおかしなことをする子たちが恒例行事のように報道されるが多分僕の記憶ではそういう愚行が表立って表層化した年だったような気もする。演奏終わって興奮して楽屋に戻ったら横浜市のえらい人から陳謝され「(若者たちを)訴えてもらってもかまわない」と頭を下げられたのだけど「怪我も危害もなかったし、おもしろかったから全然大丈夫です」ということになった。告訴してたらもっと面白かったのかな。
古くは大事MANブラザーズバンド、僕らの前の年は確かクラムボンと続いてきた横浜市成人式での音楽演奏はそんなことがあって僕らの次の年からなくなったそうで(それ以降のことはわかりません)ある意味とても記憶に残る冬の寒い日でした。この日をさかいに全国をまわる「饒舌スタッカート」キャンペーンは最長最多の数ヶ月におよび全国のラジオ局を文字通りかけまわった。その時期にGOMES THE HITMANを知った人はとても多いのではないかと思います(「横浜市の成人式で初めて観たんです」と言ってくれる人も定期的にいる)。
結果として2001年の成人式は僕のゼロ年代をキックスタートさせるにふさわしいインパクトを与え、そこからマネジメントとの離別、レーベル移籍等の数年の平坦でない日々への原動力、のようなものになったような気がする。「饒舌スタッカート」はCM用の15秒スポットがいくつも作られ、『ripple』というアルバムが出るまでバンド史上一番売れたCDだった。そして僕と猫(ポチ)との出会いの機会でもあったのだ。そしてあれから今年で10年もたったのです。
成人する皆さん、おめでとうございます。
自分が思っていた大人に自分がほど遠いと思う日々が
きっとこれから果てなく続くのです。気負いのない穏やかな人生を。
饒舌スタッカート
GOMES THE HITMAN | Myspace動画