2014年08月13日

対談 横尾忠則+保坂和志「猫が死んだ」



久しぶりの連なる休み。新潮9月号を買いに本屋へ。うちの猫より少し早く(20日ほど前)芸術家横尾忠則氏の愛猫タマが亡くなったことをTwitterで知り、つぶやきとして吐露される氏の悲しみの深さに共感していたのだけど、保坂和志氏と猫についての対談をしたという告知があったので楽しみにしていたのだ。僕が猫を亡くして1ヶ月と少し経った先日のラジオ番組の収録時にパーソナリティの女性(旧知の仁井聡子さんだ)が「山田さんは悲しみを包み隠さず『僕は今悲しいんです』と全力で悲しんでいるところが人間らしくて見ていて清々しい」というようなことを言ったのだけど、小説や随筆のなかで“猫が死んだことが比喩ではなく本当に胸が張り裂けそうなほど痛い”ように記述する保坂和志氏の感情表現に僕は影響を受けているのかもしれない。保坂さんはいつだって猫の喪失については“大人げない”書き方で深く悲しむ。

そんなことを思っていたので、猫を亡くして体調を崩して入院までしてしまった横尾忠則氏を見舞うかたちで行われた対談は、とても悲しく、しかしオモシロ可笑しく、生と死の間での人間と猫についての興味深い考察が繰り広げられていた。保坂さんが冒頭で「僕も、猫が死んだときに花をもらったら、自分のためじゃなくて、本当に死んだ猫のために花が来たという感じがしてそれがよかったので…」と作家の磯崎憲一郎氏と共同で花を送った経緯を語るのだけど、これは本当に僕もこの1ヶ月ずっと感じていたことで「これ、ポチちゃんに…」と届くお花や供え物を受け取るとき毎度「ああ、ポチが喜ぶなあ」「これポチが好きそうなおもちゃだなあ」と心から思う自分がいたことに気づいた。横尾氏が猫のタマを庭に埋め白い砂利を敷き花を植えてモニュメントのようなものを建てて、そこを「タマ霊園」と呼んでいることも可笑しくて少し笑った。うちも神棚のような祭壇を作って、そこを「ポチ棚」と呼んでいる。みんな同じだ。

そしてこれはユリイカ2010年11月「特集*猫ーこの愛らしくも不可思議な隣人」での角田光代氏と西加奈子氏による対談でも触れられていたことなのだけど、“猫は自分で飼い主を選択する”という話題になって、保坂家の花ちゃん(小説「生きる歓び」に出会いが描かれている)も横尾家のタマも偶然の事象が重なってそこの家の猫になっていることが語られていた。うちのポチもそうだ。ポチは他のたくさんの猫と一緒に里親募集に出されたのですが(現在等々力の巣巣の「ひなたのねこ」展会場に置いてある「NEKO」という雑誌にその記事が載っています)、間一髪で僕が引き取ることになったのだ。ポチの子ども(ポチには子どもがいたのです)は引き取り手がいなかったのでバリ島に行くことになったと後で聞きました。これは僕が飼う!と決めたのではなくポチが「バリより吉祥寺のほうがいいにゃ!」と決めたのです、きっと。この横尾保坂両氏による対談「猫が死んだ」は優しく悲しく可笑しく、心に染み入るような穏やかな読後感を残すものでした。興味のある方はぜひ読んでみてほしい。

こないだ四十九日で浄土へ旅立ったということになっているポチですが、今はちょうどお盆なのできっと里帰りしてきている。ポチが元気だった頃、テーブルの上、僕の目の前で香箱を組んでうたた寝するポチを見ながら撫でながらお酒を飲む“ポチ見酒”というのを僕は好んだのですが、昨晩は「これをポチちゃんに」といただいた高知名産のカツオ加工品を(もう四十九日も過ぎたから)酒の肴にしてだらだらと飲んでいたのです。するとフッ!と足元に風を感じて「あ、ぽっちゃん。おまえのカツオをごめんよ」とカツオの一欠を小さなお皿にいれてポチ棚に捧げて、iPhoneのなかにあるポチの写真を見ながらの“ポチ見酒”でした。さびしいなあ…と相変わらず思いながらも、こんなに強く穏やかに愛する何かについて思いを巡らす季節を今までの人生のなかで初めて過ごしていると感じています。

四十九日までは毎週なんらかの名前がついた法要があったのですがそれもなくなり、次は9月26日の百ヶ日忌だそうです。想いは途絶えることはありません。今日でポチが逝ってから8週間になりました。

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Posted by monolog at 13:01│Comments(0)TrackBack(0)

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