春が来た。明日から4月だ。ポチ実は6月生まれだから当然初めての春。そしてうちの家の小さな庭は1年で一番いい季節を迎えていて、朝コーヒーを淹れて、庭に置いたベンチとか椅子、テーブルの上にMacBookを広げてあたたかい陽射しを浴びながらメールチェックしたりするのがとても気持ちがいい。去年は僕がそうしいてるそばにポチがいた。のそのそ歩いたり草の匂いを嗅いだり梅の木で爪を研いだり自由に過ごすポチが、今年はいない。その代わりに網戸の向こう、部屋のなかから僕のことを見て、口を開けずに「フーン」とつまらなそうに鳴いてふて寝しているポチ実が、いる。
庭で自由に遊ばせてあげたいと思うのだけど、やっぱりもともと野良猫だったポチ実を外に出すのはかなりリスキーで、事件が起こってからでは遅いわけで、僕は慎重にならざるを得ない。うちの猫になる前のポチ実は木に登り、屋根をつたい、塀をしゃなりしゃなりと歩いてとても器用な猫だったから(下記の写真参照)、外に出たら多分その気があればどこへでも行けるはずだ。パニックになったり、急に野性が戻ったりする可能性も大きい。しかし今思い返しても去年の9月に現れたときのポチ実の姿は自由で気ままでとても美しかった。
それで、やっぱり僕はこの1年で一番いい季節のわが家の庭でポチ実を遊ばせてあげたくて(この最良のシーズンは蚊の発生とともに終焉を迎える)インターネットでいろいろ探して猫用のハーネスを買ったのだ。首が締まらなくて、リードもジャバラのゴムで伸縮性があるやつ。赤と青があったが、ポチ実は女の子だから赤。注文して翌日にはクロネコが届けてくれて、ついつい僕のほうが興奮してしまって、「チミ!チミ!これで外を散歩できるよー」とバリバリと封を開け、取り扱い説明書を見ながらポチ実に装着した。まずは部屋の中でのトライアル。これまで何を買っても(おもちゃでもご飯でも猫タワーでも)主人の期待通りに喜んでくれたポチ実だったが、しかし、この猫用ハーネスはダメらしい。胴まわりをヒモで結ばれるとうまく歩くことができないみたい。匍匐前進みたいな格好になってしまう。長いこと慣れさせたらどうにかなるかもしれないが春のお散歩はおあずけだ。
納戸を探してみるとポチが使っていた首輪とリードが出てきた。ポチは晩年は庭に出てもパトロールを一周して、ひなたぼっこをして、たまにバッタをちょいちょい追っかけるくらいで、首輪やリードは必要なくなったのだけど、最初の頃はやっぱり心配で長いヒモを結びつけていた。猫用ハーネスがだめだったポチ実もこの首輪はどう?と試したが、なんだか首周りが太くて(肥満?)窮屈そう。ポチの匂いがするのかクンクン匂いを嗅いで興味はあるんだけど。自分自身が春の陽射しを浴びて気持よくなっているからこそ、僕の葛藤は続く。
ポチ実は以前より少し落ち着いたような感じがある。最近特にひとりで過ごす時間が増えたし、穏やかな顔で窓の外を眺めている姿はやっぱりポチに似ている。かと思うと、朝起きたらリビングの花瓶が倒れて床が水浸しになっていることもあるし、ソファとか絨毯に爪を立ててこちらの気持ちを逆なですることも毎日だ。2階の窓から見える満開の桜をこの小さな猫はどんな気分で眺めているだろうか。そして僕はなんとも言えない幸せな気分でその後姿を眺めている、そんな春だ。ポチ実は春を謳歌できるのか。猫騒動はまだまだ続く。