
昨日のこと、ポチ実の3種ワクチンの摂取のためようやく病院に行くことができた。最近ポチ実は言葉や気持ちを察する術を手に入れたのだろうか、キャリーバックを準備すると姿がどこにも見当たらないという何日かの遂行未遂のあとやっとの思いでバッグに閉じ込めた。向かう先は小説『猫と五つ目の季節』にも登場するダライラマ先生の待つ診察室だ。僕の顔を見るなり「なんだい、もう1年経ったのか!」と先生は笑顔で迎えてくれた。ぶるぶる震えるポチ実も診察台の上ではおとなしくされるがまま。このへんはポチに似ている。注射をし、おなかや背中を触診してもらう。ポチ実は庭でいろんな虫(蝉とかカナブンとかいろいろ…)をパクパクと食べてしまうので寄生虫のことが心配だったので相談。大丈夫とのことでひと安心。
発売から1週間が経った『猫と五つ目の季節』をおもむろに取り出し「あのー、先生、事後報告で申し訳ないのですが」と“ダライラマ先生”についてお伝えし、本を進呈した。「君はなんでもできるんだねえ」と先生はニコニコ顔で喜んでくれて、山下洋輔さんの話(訪問診療をされていたことがあるそう)や音楽の話で賑やかに盛り上がった。お時間あるときに読んでいただけたら嬉しい。・・・と思って帰宅した後、ポチの最期のころ自然療法の病院にダライラマ先生に内緒で数回通ったことがバレてしまう…ということに気づいた。先生がこの物語をどんなふうに読まれて、どんな感想を持たれるかに興味がある。帰りも手を振って見送ってくれて、ポチを連れて連日通ったころの厳しい顔とは全然違って柔らかい。その顔を見るだけでなんだかいろいろなことが思い出されて感慨深かった。
先生と談笑している診察室から覗く奥の廊下で、ケージの中で猫がブルブル震えながら神経質に動きまわっていたのが忘れられない。野良猫が捕らえられてTNR(捕獲/避妊/解放)で地域猫にされるのだろうか。きれいな猫だったからまた元気に町を駆けまわってほしい。ポチ実も僕が捕まえてうちの猫にしなかったら今頃どんな猫になっているだろうか。夜になってポチ実は注射の恐怖からケロッと立ち直ってご機嫌に過ごしていた。「こんな不確かな日々を想うとき、嫌なことから忘れていけたなら」という「猫町オーケストラ」の歌詞はきっと僕自身が美しく生きる猫を羨んだ歌なのかもしれないな、とそんなことを今日は思った。