
よく晴れた、暑い日になったイベント当日。緒川さんは第一印象通りの穏やかな笑顔で颯爽とやってきた。猫雑談から始まった簡単な打ち合わせで、緒川さんは山田さんがお嫌でなければ、と『猫と五つ目の季節』を手にして「この本の、心に光が差すような後半部分をぜひ朗読したいと思ったんですが、いかがですか?」と夢のような提案。お断りする理由など僕にはひとつもありませんでした。チケットが即完売し盛況な会場には静かな熱気のようなものが溢れ、いよいよイベントの始まり。とにかく「猫」についての話には際限がない。緒川さんは表情豊かにサビ猫、三毛猫とご自身の“猫史”を紐解いていき、僕は相槌を打ったり短い言葉を添えるとどんどん話の枝葉が分かれていく。この時点で僕は「ああ、この時間がずっと続けばなあ」と思っていました。
今回のイベントの本題である「猫についての本」に関して、まず緒川さんが紹介するのは『わが愛する猫の記』、フランスの作家ジルベール・ガヌが著した40年以上前に出版された本。この中から一節を緒川さんが朗読、かたい文章なのに猫について書かれると風合いが変容するのが印象的でした。もう一冊、『ゲーテの猫―もしくは、詩と真実』は装丁に惹かれて購入された(言わばジャケ買い!)というだけあって鮮やかな黄色と猫の絵が可愛かった。『わが愛する猫の記』と『ゲーテの猫』は緒川さんの歴代のお住まいの玄関に常に並べて置いてあるそうで、帰宅してすぐに自分の好きな本に出迎えてもらうというのは素敵だなと思う(刺激を受けて僕も玄関に本のスペースを作ることを計画中)。緒川さんが持参した本はもう一冊、『100まんびきの猫』という絵本(ワンダ・ガアグ著・いしい ももこ翻訳)。これも美しい本でした。

僕が推す“猫本”は和田誠さんの『ねこのシジミ』『ニャンコトリロジー』『みんな猫である』3冊セット。和田さんの絵と文章(奥様の平野レミさんの逸話ふくめて)はとても穏やかで猫愛にあふれている。下村しのぶ著『おばあちゃん猫との静かな日々』は年老いた猫を見つめる視線が切なく優しい。下村さんは僕に「腎不全の猫は痛いとか苦しいとかはあんまりなくて、ぼんやりした感覚になるらしくて。だからポチちゃんは『なんかこの頃パパがずっとそばにいてくれて嬉しいなあ』って思ってますよ」とメッセージをくれて闘病中の僕たちを楽にしてくれた恩人。もう一冊は僕にとって猫本の定番、保坂和志著『猫に時間の流れる』。緒川さんは保坂さんのお宅の猫に取材に行ったことがあるそうで、さらには写真家の斎門富士男さん(ポチの元飼い主)が撮った緒川さんと猫との写真というのが存在するという、予期せぬ繋がりもこの日知ることができた。
そしていよいよ緒川さんが『猫と五つ目の季節』を朗読。時間にして10分ほどだったか、僕はその凛として美しい声を聞きながらギターを爪弾いたり、その手を止めてみたり、自分が体験して記した物語なのに、それを緒川さんの声で聞くのはとても新鮮で不思議な感覚でした。ふと客席に泣いている人の姿を見つけて、僕もぐっときてもらい泣きしそうになったりしながら。朗読と歌の流れは事前になにも打ち合わせをしていなかったのだけど、緒川さんが『猫と五つ目の季節』をそっと閉じるのを見届けたあと、身の回りにある愛すべきもののことを綴った「my favorite thnigs」を歌いたくなった。そしてイベントは満場の笑みを湛えたまま大団円、最後の挨拶の言葉は「世界中の猫がみんな幸せでありますように」でした。
身振り手振り、表情豊かに、ときに後ろのほうの人を気遣って椅子から立ちあがってくれた緒川さんのお話を聞くお客さんたちの表情をこちら側から眺めて何かに似ている、と思ったのだけど、それは猫を愛でるときに誰もが見せるような緩んだ顔でした。最大限の賛辞をこめて緒川たまきさんは本当に“猫のように”愛らしく可笑しく美しい方だなあと感じました。あの会場にいた人みんながそう思ったでしょう。改めて、みんなで「世界中の猫がみんな幸せでありますように」と呪文を唱えてイベントに幕。このような機会を持ててとても光栄で幸せでした。

