一昨日、新国立劇場へ『
マリアの首ー幻に長崎を想う曲−』を観にいった。1959年に岸田演劇賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞した田中千禾夫の名作の再演、終戦後の長崎を舞台にした物語。演劇に関しては門外漢な僕なので、難しいお話なのだろうなと身構えて出かけたが、全編かなりアクの強い長崎弁(長崎は故郷佐賀の隣)で語られる言葉がすんなり障壁なく入ってきて、すぐ物語に没頭できた。方言で紡がれる会話は滑稽な響きであるにもかかわらず、言葉や想いが重く沈殿していくような感覚があり、いろいろなことが咀嚼できないまま、まだ胸につかえている。生き延びた命がこれから生き続ける覚悟を力強く宣誓するような最後が印象的だった。来月風知空知でトークゲストにお迎えする峯村リエさんの、太陽のように明るくポジティブな存在感に感動した。終演後見せてもらった峯村さんの楽屋にはポチやポチ実やモイをはじめ可愛い猫の写真がたくさん貼ってあって、緊張感のある現場を猫たちが絆して助けていた模様。猫には猫の仕事がある。6月25日の風知空知「猫好きにわるいひとはいない」公演は
オフィシャル通販STOREにて追加立ち見券を発売中です。
そして、昨日のこと。下北沢へザ・カスタネッツのワンマンライブを観にいった。何年ぶりのカスタネッツだっただろうか。今回のライブはドラマーであり、盟友である溝渕健一郎が脱退するということで、これを観ないわけにはいかなかったのだ。健一郎という人の男らしい決断をこれまでも何度も見てきた。セロファンを辞めるライブ、プレクトラムのサポートを退くタイミング、地元福山に活動の場を移す引っ越し。そして16年活動したカスタネッツを抜ける今回のライブ。彼が何かを決断するときにはいつも残された人間にもさまざまな決意が求められる。僕の友人のなかで一番のトリックスターは健一郎だ。「変わりゆく今よ、どうせだったらあきれかえるくらい面白くなれ」と元さんが歌ったときに、そのとおりだ!と思ったのでした。
カスタネッツの演奏は最高だった。あらためて、本当に良い曲ばかりの素晴らしいバンドだなと思った。2000年代のある時期、僕はボーカルの元さんの一人ユニット「裸眼」の手伝いをしていたからたくさんのカスタネッツの歌をサポートしたりコーラスしたり、一節歌わせてもらったりしていたから、自然と口ずさんでしまう。小宮山さんのギターも相変わらず乱反射していた。終演後に元さんが「ヤーマダ、また一緒にやろうぜ」と言ってくれたのも嬉しかった。ついこの間、ハードディスクを整理していたら元さんとふたりで作った曲が出てきて、それがとてもいい曲で聴き入ってしまったばかりだった。誘ってくれたら本当にやりますよ。CLUB Queには健一郎の人徳で、たくさんの友人たちが集まっていて、僕も久しぶりに会う知り合いがたくさんいた。変わりゆく今よ、みんなの未来がもっともっと面白くなれ。
Posted by monolog at 11:19│
Comments(0)│
TrackBack(0) │