

カーステレオからは、英語の、静かな男の歌が流れていた。
「なんや、この曲。寝起きに聞きたないような暗い曲やな。コロ助みたいな宅録オタクが作ってそうな曲やん。これ、コロ助の選曲か?」
欠伸しながらそう言ったぼくを、コロ助はくっくっくと声を殺して笑っている。伸びをして隣を見ると、ルリちゃんも笑っていた。
「これ、わたし用に作ってくれたテープ。この曲、今年のわたしのナンバーワンって感じに大好きな曲やねん。さすが、コロ助くんはようわかってるわ」
「あ、そうなん?」
「そう。歌詞なんかすごいええねんから。ほら、ここ。君が笑ったらぼくも笑ったような気分だ、君が泣いたらぼくは最悪な気分だ、って言うてるねんで。このよさがわかれへんかったら、わたしとは話、合えへんわ」
「そうなんや、そんなこと言うてるんや」
と言っても、急に歌詞なんて聞き取れなかった。
「そうかあ。そう言われると、ええ曲やなあ」
「うそばっかり」
「うそちゃうよ。なんか、この、落ち着いた感じがええやん。誰、誰?」
「ヨ・ラ・テンゴっていうアメリカのバンド」
「あっ、聞いたことある、その名前。うん、たぶん知ってるで。ほら、友だちのCD出したっていうてたやつが好きなバンドがそんな名前やった気がするなあ」
「もうええよ」
ゆったりと、なんの苦もなく運転を続ける恵太は楽しそうに笑っていた。コロ助も笑って、それからルリちゃんも笑って、そのバンドの話をしてくれた。
ぼくもその曲が今年聴いた中でいちばんいい曲に思えた。
柴崎友香「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」(河出書房新社 2001)より引用
これはヨ・ラ・テンゴの2000年作『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』収録、トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』を下敷きに作られた「The Crying of Lot G」のことなのだけど、こういう、繰り返される静かなパンチラインがディスコグラフィーのいくつものカタログに渡って小さな儚い花を咲かせているような、そういう感じが彼ら独特の詩情であり魅力だと感じる。20年近く好きで聴いているこのバンドのライブを先週初めて生で体験した。なんで今まで行かなかったんだろうか。スケジュールとかタイミングの問題とか、わりと頻繁に来日してくれるからまた次の機会に、となっていたのか。とにかく今回の来日公演は新譜がとても良かったこともあってわりと早くチケットを押さえていたのだけど(ソールドアウト公演になっていた)もうすべてのシーンが素晴らしくて感動したし、楽しくて元気が出た。時間を遡りたいと思ったほど。こんなに心地いい静寂と爆音とノイズがあるだろうか。こういう瞬間や心の動きに気づかされるから音楽の持つ力は計り知れない。
このライブの2日後にメンバー3人がDJをするというので、夜中にクラブへ出かけた。ジェームズ、ジョージア、アイラの順に30分ずつ。こういう場所には本当に上手に可愛く踊る女の子たちがいて感心する。アナログレコードで流される音楽はどれも最高でiPhoneをかざして曲名を調べたり、ぎこちなくリズムを取ったりして楽しかった。人となりが滲みでるようなDJセットだった。ジョージアとすれ違うときにグラスを掲げたらニコッと笑って乾杯してくれて、背中をぽんぽんと叩いてくれて嬉しかったな。この10月という季節にヨ・ラ・テンゴを観ることができて本当に良かった。
君が笑ったらぼくも笑ったような気分だ、君が泣いたらぼくは最悪な気分だ。そのとおり。



