ついにやってきた2019年12月25日、GOMES THE HITMAN14年と9ヶ月ぶりのニューアルバム『memori』がリリースされました。すでにCDを手にしてくださった人、配信でいち早く聴いてくれたみなさんの声が聞こえてきます。2014年秋にGOMES THE HITMANがライブ活動を再開する当初から「2019年には『ripple』の次のアルバムを出したい」ということをメンバーに伝えて、そこから5年かけてこの日を迎えることができました。奇跡みたいだなと思うし、とても幸せです。徒然に綴ってきた各曲解説も最後の曲になりました。「ブックエンドのテーマ」のことを僕はよく「同窓会のことを歌った」とはぐらかしがちですが、これは間違いなくバンド活動を再開したことがきっかけで作った歌であり、再会と再開の歌なのです。たくさんの人に『memori』が聴かれることを願います。様々な暮らしに寄り添う音楽でありますように。
<GOMES THE HITMAN『memori』各曲解説>
M-1:metro vox prelude
オープニングトラック「metro vox prelude」はメンバーとスタッフ以外まだ誰も聴いたことがない曲です。「metro」とはここでは地下鉄のことではなく、ギリシャ語「metron(=測る)」から引いてきた言葉。ちなみにメトロノームの名称は「metron(=測る)」と「nomos(=制限する)」に由来します。「vox」はラテン語で「声」。僕は中学生のときにこのラテン語をU2のボノが自らを「「ボノ・ヴォックス・オブ・オコンネル・ストリート(Bono Vox of O'Connell Street)」と名乗っていたエピソードをきっかけに知りました(Bono Voxは良い声の意味)。クリスマスイブの真夜中に初めてみなさんが耳にするであろう「metro vox prelude」は『memori』というアルバムの、文字通り「序章」。
M-2:baby driver
2017年の秋に初めてインドネシアのバリ島を旅した。自分が南の島でぼんやりプールに浮いていることが信じられなかったけれど、とにかく忙しく働いてくたびれた僕には、ただただ休養するためのバカンスが必要だったのだ。小さなギターを持っていったので気が向いたら鼻歌を歌った(夜は暗くなったら寝てたのでだいたいお昼に)。エヴァンさんという現地の男性がドライバーとなって僕をいろんなところへ連れていってくれたが、英語の通じない彼とのドライブにドキドキひやひやしてばかりの状況が可笑しくて、それが「baby driver」になった。バリ滞在中に録ったボイスメモ(baby driver voice-memo)があって、それはAメロからBメロまでだいたい完成している。帰国した後あっという間に簡単に全体像ができあがった曲だった。直感的に「わあ、これはすごく、なんというか、GOMES THE HITMANだ」と思って、デモテープも作らずにメンバーに聞かせて、すぐライブで演奏した。直感は間違ってなかった。
M-3:毎日のポートフォリオ
記憶が正しければ「毎日のポートフォリオ」は2009年、あるいはもっと昔に書いた曲だ。WILCOの『BEING THERE』や『SUMMERTEETH』、彼らがビリー・ブラッグとやったレコードが好きで、そんな感じの曲を想定して作った。だから当時一人で作ったデモにはバンジョーとホーンセクションが入っていた。2010年頃よく弾き語りで演奏していたのだけど、ここ数年また僕のなかで曲が生き生きと蘇ってきて、バンドで演奏してみたくなった曲。こういう8ビートの歌はGOMES THE HITMANには意外と少ないから、ライブで演奏するのも新鮮で楽しい。ポートフォリオとは書類をファイルするケースのこと。僕らは毎日、見て、聞いて、感じて、思ったいろいろな物事を心のフォルダにパシャっと保存しながら生きていて、ときどき振り返るし、また歩き出す。暮らしのアンセム。
M-4:魔法があれば
「魔法があれば」もかなり古い曲で、2010年頃にはすでに弾き語りのライブで演奏していた。とにかく歌詞が思い通りにうまく書けていて、曲調もポップだったからずっとレコーディングしたかったのだけど、なぜか僕自身が頑なに「これはGOMES THE HITMANの曲だ」と思い込んでいたためソロ作には収録しなかった。今回のレコーディングで共同プロデューサーとしてPLECTRUM高田タイスケくんに加わってもらったのは、それこそ“ギターポップの魔法”をかけてほしかったから。「そばにいるだけで声なき声で/通じあえる魔法があれば」というのは「たとえば心が目に映る答えならば」を言い換えたフレーズであり、僕の中でこの曲は「手と手、影と影」から繋がっている。
M-5:夢の終わりまで
『memori』に収録されたなかでもっとも古い曲。2004年に書いた曲だからもう15年も昔。若いロックバンドへの楽曲提供を依頼されたプロジェクトのなかで「夢の終わりまで」の原型ができたのだけど「これは自分で歌うべき曲」と感じて、もう1曲別の曲を書きなおした(それは人気アニメのオープニングソングになった)。『ripple』リリース時のツアーでもセットリストに組み込まれていたから、僕のなかには次のアルバムの核となる曲と考えていたはずで、それでも完成形が見えないまま月日が進む。今年初夏に行われた、高田タイスケのディレクションによるセッションではドリーミーで洗練されたポップスに昇華されたが(先行シングル『baby driver e.p.』収録)、アルバム制作過程の土壇場で2004年デモに極めて近い形でメンバー4人だけで再録音、アルバムにはそのバージョンが収録される。30歳だった自分自身の初期衝動を信じてみたかったのだ。
M-6:小さなハートブレイク
去年書き下ろした新しい曲。具体的には2014年に旅立った愛猫ポチへ手紙を書くような想いを込めて書き始めた歌がどんどん普遍的なものに変容していくのが面白かった。弾き語りのデモをベースの須藤さんに渡し「オーバープロデュースっていうくらいの色付けをしてくれ」と頼んだのだけれど、完成した歌はとてもシンプルなものになった。昨年末に父を亡くした後、自分で書いたフレーズの行間に思いも寄らない意味がいくつも付加されて驚かされる。誰かにもう会えなくなったときに僕はいつも「答え合わせしたいよ、いつか」と思うのだ。この曲をバラードやエレジーにしなかったリズムセクション、どこからともなく吹く風みたいなアコーディオンが自由な魂のように踊っている。
M-7:memoria
2006年頃に作った古い歌で、ライブでも何度も演奏してきた。『ripple』(2005年)リリース後、僕のなかでは「次のアルバムは『memoria』が核となるアルバムだ」という想いがあった。「memoria」というタイトルはNIRVANA「Come As You Are」の「as an old memoria(古い記憶のように)」というリフレインからの引用。札幌、東京、名古屋、大阪、兵庫のライブ会場で採集されたコーラスを湛えている。先行シングル収録バージョンとはミックス違いで、最後の最後に追加ダビングを行ったためアルバムのなかで最後に完成した曲。『memori』をアナログ盤にするならばB面の1曲目になる。僕はこの曲のアウトロでいつも泣きそうになるのだ。個人的本作のハイライト。
M-8:houston
2005年作『ripple』に「サテライト」という曲があって、それは「僕はといえば君という存在を中心にしてぐるぐる回る衛星にすぎない」と白旗を掲げる歌なのだけど、その続編を書きたいと思った。ヒューストンは米テキサス州にある、Space Cityとも呼ばれる町。NASAのジョンソン宇宙センターがあり、宇宙を漂う船はここからの指示を待つ。バンド活動休止中の2010年に生まれた曲が『memori』のなかに刻まれて感慨深い。この疾走感あふれるメロディをPLECTRUM高田タイスケがさらにスペーシーに演出してくれた。ライブで演奏するのがとても楽しいスーパーギターポップ。
M-9:ホウセンカ
2006年に書かかれた「ホウセンカ」は間違いなく、当時想定された“『ripple』に続くアルバム”を構成する重要曲だったはずだ。ライブでも何度も演奏され、僕はひとりになっても歌い続けた。物語のトーンは重く暗いのに、それでもどこからか一筋の光が刺すような感覚があって救われる。ソロライブ盤『DOCUMENT』に弾き語りバージョンが収められたが、ようやく合奏できて嬉しい。アッキー(藤田顕)がギターを弾いてくれた。堀越のピアノは加古川チャッツワースで録音したものだ。時と距離を越えて響く。
M-10:night and day
バンドが本格的に冬眠状態に入った2007年春に作られた曲。おそらく当時取り組んでいた楽曲提供コンペのために書いたメロディだと思うけれど(コンペには結局出さないでしまってあった)、僕は昔も今も軽快なメロディによりどころのない気持ちを乗せて歌うのが好きなのだなと再確認する。今年の春になって歌詞を微調整して、メンバーに初めて当時のデモを聴かせたからGOMES THE HITMANとしては「新しい曲」という感覚があって、本作収録曲のなかで一番みんなが演奏していて楽しい曲かもしれない。「day after day」とか「carolina」なんかの系譜、ということになるだろうか。とてもGOMES THE HITMANらしいトラックになった。
M-11:悲しみのかけら
2006年に書かれた曲で、バンドが活動休止する直前のステージで数度演奏されたことがある。本作中もっとも“山田稔明ソロ”的な印象の強い曲だったのが、4人でレコーディングして、全員の声を重ねたときにきわめて“GOMES THE HITMAN”のサウンドになったのが驚きだった。この曲を録音するときのキーワードが「The Band」だったのはできすぎた話か。最後のリフレインでいつも泣きそうになる。書かれてから15年近く経った曲を演奏するときにその時差を感じることが一度もなかったのが不思議。“そっと触った右胸の傷”というのは実際僕が30歳のときにできた術痕のことだけど、今年はもうひとつ傷が増えた。こんなふうに目盛りみたいなものを刻みながら生きていくのだろうか、と思う。
M-12:ブックエンドのテーマ *NEW
タイトルはサイモン&ガーファンクル、「古い友達どうしが公園のベンチでブックエンドのように座っている」と歌われる「旧友」と背中合わせの歌から引用。ぼんやりと浮かんだ「同窓会」という言葉を解体したときに「同じ窓」というフレーズにハッとして、あっという間に書き上げたのは、バンドでのライブ活動を再開した直後の2015年のこと。とにかく歌詞が気に入っている。これまで書いたなかでベストかも、と思う。特別な人、顔も見たくない人、会いたくても会えない彼方の人、という役柄はすべて僕の中では特定の顔が浮かぶ。聴いたみんなはどうだろうか。バンドの演奏も素晴らしい。デビュー20年にして新機軸だと思うほどだ。この曲でアルバムを締めくくることができて嬉しい。そして、またふりだしへ。