2022年07月03日

季節はずれのニューヨークの夢 | 映画「シェイン 世界が愛する厄介者のうた」

少し前に観た映画「シェイン 世界が愛する厄介者のうた」について書いておきます。僕がポーグスを初めて聴いたのは1988年だからもうすぐ35年くらい経つ。フーターズというアメリカのバンドが好きになって、バンジョーやマンドリン、ティンホイッスルなど民族音楽的な楽器を使うロックに興味を持って、ポイ・ドッグ・ポンダリングとかレ・ネグレス・ヴェルトとかいろんなバンドを聴いたけれど、僕の心を掴んでずっと離さなかったのが『堕ちた天使』、そして『PEACE AND LOVE』という彼らのアルバムだった。ジョニー・デップも制作に関わったという本作、ずっと楽しみにしていた作品。まだまだ劇場で観られるので見逃している人はぜひに。

アイルランドの歴史を遡って当時のニュース映像や再現フィルム、アニメーションまで駆使して本作が伝えるのは、宗教問題や紛争で絶えず揺れ続ける彼の国やその国民気質、そしてそこで生まれた少年がどのような幼少時代を過ごし青春を謳歌し、やがて世界を揺るがす20世紀屈指のパンクスになったかというサクセスストーリーとそれに続く苦悩のこと。20世紀の時代背景と目まぐるしいポップカルチャーのなかでシェインは実に生き生きと破茶滅茶に駆け回り、そして壊れて堕落していく。

その姿を眺めながらどうしても彼のことを憎めないのは、あまりにも純粋に本能のままにしか行動できないその姿への憧憬の念のせいだ。過去から現在へと時を進むアーカイブ映像のなかでどんどん老いぼれていくシェインの姿は、破滅的で哀しく、しかしどうしようもなく美しい。すべての質問に対して皮肉を交えて答えるシェインがカースティ・マッコールのことだけは素直に「彼女が死んだときは本当に悲しかった」とつぶやくのがとても印象的だった(モリッシーも自伝でカースティの死を心から悔いている)。「オレにとっての『ボヘミアン・ラプソディ』だよ」と語られる「ニューヨークの夢」を季節外れなタイミングで聴いたが、それがとにかく心に沁みた。

12月25日生まれのシェイン・マガウアンは、ひょっとしたらジーザス・クライストよろしく生贄となり身代わりとなって我々が選択しなかった破天荒な人生を選んで生き、曲がりくねって上り下りの急な旅路を征く奇跡みたいな物語を完遂しようとしているのでないか。『シェイン 世界が愛する厄介者のうた』を観て、そう思った。現在64歳となったシェインはその年齢よりももっと老け込んだ弱々しい姿で虚空を見つめ続けるけれど、含蓄あふれるその詩人の言葉を聞いていると風前の灯火はまだまだしぶとく揺れ動くのではないかという気にもなってくる。この130分の映画を観たら僕らみんなシェインを好きになるから、この「世界に愛された厄介者」というのはまさに言い得て妙の邦題だ。



Posted by monolog at 23:09│Comments(0)