世田谷美術館の「
祈り・藤原新也」に滑り込み。藤原新也にハマったのは高校生の頃で、一番最初に読んだ『
アメリカ』という本は衝撃で、それまでの“夢のカリフォルニア”みたいな彼の国に対する既成概念が吹っ飛んでしまうくらいだった。『
アメリカン・ルーレット』という写真集をなけなしの小遣いで買ってそれは宝物になって、今でも僕の手元にある。後追いで『印度放浪』も『西蔵放浪チベット』も、『黄泉の犬』や『東京漂流』いろんな本をむさぼり読んだけれど、『メメント・モリ』という一冊は特に印象的で、その言葉の威力というか、意味の再定義?知らなかったことを知ることが思春期の自分にはとても大きな学びだった。
自身のキャリアをすべて振り返り、最新作までを並べた今回の展示は写真と言葉の万華鏡のようで、頭がぐるぐるした。『アメリカ』の頃の写真はやっぱりグッとくるものがあって、本の表紙だった写真(写真2枚目)を大きなサイズで見るとやっぱり“あの頃”の自分を思い出す。デヴィッド・シルヴィアンのRAIN TREE CROWのジャケット写真もブコウスキーの『町でいちばんの美女』の写真も藤原新也だったんだな。再発見。
「最後の微笑み」という、父の臨終を写して綴った作品を見てびっくりするほど泣いてしまった。マスクがあってよかった。メメント・モリ、と呟くときにまた新しい気持ちが湧いてくるから不思議だ。展示は今週末29日まで。

Posted by monolog at 23:37│
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