ママンが家族になった、とは言うものの彼女の態度は固く、眼光は鋭いまま。低く唸りをあげて鳴くのを眺めて時間が過ぎてゆく。なんとかママンの心を柔らかく、少しでも気持ちが落ち着くようにしてあげられたらいいなと願って、僕は近くのホームセンターへ出かけた。確たる目的があったわけではなく、しかし、なんかママンを慰められるものはないだろうかと売り場をうろうろ。少し固めの毛が気持ちよさそうな鍋磨きを手にとって自分の顔を撫でてみる。気持ちよさそう、とカゴに放り込んだ。ペット用品売場にあったコームも買ってみよう。そしてDIY工具作業用品売り場で分厚い皮製の手袋をセレクト。ママンとコミュニーケーションを取るにはまず自分の手を守ることから始めないといけない。僕の本職は音楽家だから手は資本なのである。そしてかたいのから柔らかいのまで様々な種類のフードを購入。ママンのお気に入りを知ってご飯をたくさん食べてもらってウェイトアップさせたいから。
2階建てのケージは1階にトイレ、そして2階に快適な布団とご飯とお水がセットされた。10年間外猫だったママンがトイレを理解できるか心配だったけれど、最初に猫砂に庭の土(ママンがトイレに使っていたあたりの土)を少し混ぜることによってその心配も杞憂に終わった。ママンにとってこのケージは、ケージ2階の布団の上はこの家のなかで唯一の安全地帯だ。だからできる限り快適にしてあげたかった。ママンはここ数年、庭に作った“ママンメゾン”と名付けた寝床で寝起きしていた。主をなくしたママンメゾンで代わりにポチ実がそこで数時間気持ちよさそうに居眠りして過ごすようになったのは大変なことばかりのこの数日のなかで心がホッとする穏やかな風景だった。
ケージでうずくまるママンに声をかけると毎回「シャー!」と返事が返ってくる。もっと機嫌が悪いときには「パッ!」と威嚇の破裂音さえ飛んでくる(シャーには慣れたけどパッ!はちょっと凹む)。ケージの扉をあけて、買ってきた鍋磨きのブラシをかざすと猫パンチがびゅんびゅん飛んでくるので僕は皮の手袋をつけた。ようやく後頭部、いわゆる盆の窪のあたりをブラシでこするとママンは少しビクッとして、しかし身体をうずめるようにしてそのまま撫でさせてくれた。これまで10年生きてきて多分初めてのブラッシング、コーミングのはずだ。後頭部から背骨に沿って身体をブラシで撫でると困惑したような顔で、その大きな瞳で僕を見つめた。僕もドキドキしていた。調子に乗った僕はそれからママンの頭を撫でようとして思いっきり噛みつかれるのだけど、もし皮の手袋をしてなかったとしたら僕の指は血まみれに破壊され、病院送りになっていたと思う。それくらい手加減のない、獲物を殺しにきたような本気の噛みつきだった。油断できない。超こわい、ママン。
チミが大好きなドイツ製の高級ブラシをママンにも買ってあげようとAmazonで注文した。ママンはなんとかご飯を食べてくれるようになったけれど、夜になるとまだオンオン鳴くし、その表情には悲しみや困惑が見てとれる。保護して数日経っても僕はまだSNSやブログでママンのことを伝えられないでいる。ドイツ製ブラシがママンのほつれて絡まった心も柔らかく梳かしてくれないだろうか。(気まぐれに続く)