
2013年秋以来12年、同じ空間で淡々と季節に一回弾き語りライブを重ねてきて60回。レテの内装も少しずつ変わって、ここにしかない唯一無二の空間のすみずみにまでここで演奏した音楽家の音が染み込んでいるよう。レテでのステージ、声が出なくなったことがあったり、男性ファン限定のライブをやったり、コロナ禍で無観客配信をやったり、病気になってドタキャンして振替公演をやったり、本当にいろんなことがあったから、静かに感慨深い。 60回というのはあくまで通過点だけれど、これから先あとどれくらいここで歌うんだろうかと考えながら下北沢レテへ昼過ぎにイン。昼と夜に2公演、共通の流れのなかでセットリストが少しずつ違う、というこの日のメニュー。
窓から明るい光が差し込む昼の部、この日は時折雨が降り猛烈な暑さからは免れたけれど、「目に見えないもの」からのスタートはこの季節に似合っていた。60回記念ということで1965年に作られた60歳のエレキギターHarmony Alden Stratotoneを弾く。「三日月のフープ」もこのギター特有の浮遊感で新鮮。同じく1965年生まれ60歳のアコギGibson B25で「長期休暇の夜」、みんなにトゥールルーとコーラスを手伝ってもらう。昼の部は「晴れた日のアスリート」、夜の部は「夏の日の幻」、冬が好きなくせに夏の歌がいっぱいあるのはなぜだろう。

僕が「大学生です」と英語で言おうとして間違って「I'm universal student(僕は普遍的な学生です)」と告げたことがきっかけで生まれた「universal student」は「down the river to the sea」の原型となった歌。この2つを繋げて歌うレアなトライ。夜の部は「緑の車」をなんちゃってボサノバ風に。「water」は「笑う人」のラップ部分の元になった習作だけど、これも紛うことなきサマーソングなので歌ってみてとても楽しかった。歪んだエレキで「20世紀の夏の終わり」も新しい響きだった。この日は“山の日”の祝日だったので「山で暮せば」「やまびこの詩」を歌わないわけにはいかない。
なんとなく思い立って「平凡な毎日の暮らし」を歌ったらこの曲に対する自分の感覚が少し変わったようか気がした。尾道を旅して書いた曲、つい最近知人と尾道の話をしたからかもしれない。(夜の部はここで「glenville」を挟み)続くリクエストに応えた「名前のない歌」はなんと2013年に書いた未発表曲、これもとても久しぶりに歌って、かつて自分が書いた言葉に自分が鼓舞される。その後昼の部では「ユーフォリア」「そばにあるすべて」、夜の部は「水彩組曲」「桃色の雲」と異なる流れに。昼の部に歌った「情熱スタンダード」も妙に気持ちが込み上げた。


エレキギターで演奏した「八月のベルカント」は暑さに参って呟いた吐息のような風合い。ピアノで演奏するときよりもキーを低くしているのもその雰囲気の違いになっているかもしれない。「hanalee」をみんなで歌ったとき少しグッときて鼻がツンとしたのはバレたかな。「セラヴィとレリビー」も最後のリフレインもみんなが恥ずかしそうに歌いだして、最後LET IT BEで大きな声になるのがいいね。この夏から「一緒に歌ってみない?」という試みがだんだん浸透してきて嬉しい。12年前にここで弾き語りを始めたころは恥ずかしがりのコール&レスポンスはあったけれどシンガロングには程遠かったから、60回目にしてとても感慨深い。
アンコールはリクエストに応えて昼の部は「calendar song」、夜の部は「猫町オーケストラ」。コロナ禍中にこの会場でのライブのために作った「小箱のなかの音楽」、そして最後は「my favorite things」をみんなで歌って大団円。昼も夜も満席、いつも本当にありがとう。気持ちよく歌わせてもらえる場所。
店主町野さん、支えてくれるスタッフ、そして近くから遠くから駆けつけてくれるファンの皆さんに心から感謝。また秋に、61回目の下北沢レテでお会いしましょう。
