
ママンについてご報告しなければいけないことがあります。
2月11日お昼11時半にママンが亡くなりました。昨日13日の午後、お葬式をしました。昨年末からあらゆることが目まぐるしくて僕自身うまく言葉を綴る余裕もなく、このような事後のお知らせになってしまったこと、どうかご理解ください。
ママンは昨年12月、左耳扁平上皮がんの術後半年の検診を問題なくクリア、完治したはずでした。安堵し喜んだのも束の間、その2週間後、マズルの腫れに気付いてすぐ病院へ、ふたたび口腔内の扁平上皮がんと診断されました。年末年始、日を追うごと尻尾、腰、と悪いところが見つかり、多発性のがんであることがわかりました。
昨年の耳のときのような外科手術や根治治療は難しく、緩和治療(ターミナルケア)で痛みや苦しみを和らげてあげながら日々を過ごしましたが、病気は想像以上に手強くて進行も早くて、2月に入るとママンは寝たきりになり(トイレには最期まで自分でいきました)、2月11日のお昼11時半に僕の腕のなかで四肢をぎゅっと伸ばして最期の呼吸をして天国へ旅立ちました。
最後の数週間、膝の上で抱かせてくれたり、一緒に添い寝することまでできたのはママンからの、あるいは神様か何かからのご褒美だったのかもしれないなと思います。ママンは最後までかわいい、良い顔をしていました。息絶える前の晩、「シャー」と僕に喝を入れてくれたのもかっこよかった。
文学の用語に「トリックスター」という言葉があります。物語においてその存在が世界を慌しくさせたり混乱させたり、しかし一方で思わぬ驚きや歓び、新しい変化をもたらす、天使と悪魔、賢者と愚者、破壊者と創造者、二つの顔を持つ登場人物のこと。ママンはまさに華麗なトリックスターだったんだなと、苦しみから解放されたきれいな顔を眺めながら思っています。シャーシャー怒ってばかりだった顔が、最期は口元に笑みを浮かべているように見えたのもそういうことなんだな、と。
ママンは手に負えない猫でした。飼い慣らされない猫でした。その気高さが本当に美しくて、でもやたら甘えん坊なところもあって、シャーとニャーのはざまで文字通り猫の目のようにその表情をコロコロ変えて僕を翻弄しました。「お世話させてくれてありがとう」「ここにいてくれてありがとう」「自由を奪ってしまって申し訳ない」「病院ばっかり連れていってごめん」と、いつもありがとうとごめんばっかり言ってた気がします。ママン、ありがとう。ごめんなさい。
僕の左中指と右手にはママンの咬み傷と引っ掻き傷がありますが、これがずっと消えなかったらいいなと思います。思い出のタトゥーみたいに。
お世話になった動物病院の皆さん、ママンを懸命にケアしてくれた献身的なスタッフ、親身になってくれたバンドメンバー、友人知人たち、淡々と平常心でそばにいてくれたチミちゃん、そしてママンのことを好きでいてくださった皆さんに心から感謝を。
長い文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。


2月2日のママンの写真です