しかし、なくしたと思っていたモノが思いもよらないところから見つかることもある。「思いもよらないの」はだいたい自分の記憶喪失のせいなのだけど、なにかの歌の歌詞ではないが探すのをやめたときに見つかることが多い。なくしたはずのお気に入りのバッジ、ハンカチ、500円玉なんかは季節の変わり目に久しぶりに着る洋服から出てくることが多い。そのときの嬉しさ、多幸感、なにかとてもプライスレスなご褒美をもらったような気分、あれはなんだろうかと思う。誰に言うでもない、誰にもわかってもらえない歓び。なくすことと見つかることは紙一重の背中合わせだ。
なんでこんなことを書いているかというと、なくしたと思って落ち込んでいたiPad用のApple pencilと大事に使っていた水筒がどっちも揃って思いもよらないところから今朝見つかったからだ。とても嬉しくて幸せ。よかった。またいつか何かをなくすかもしれないけれど、同じように失われたはずの何かが見つかるのだろう。そういうことになっている、世界は。
