2026年08月07日

なんということもない、モノをなくしたり見つけたりする話

モノをなくすと悔しいし悲しいし、とても残念だ。大切にしてたものはもとより、なんとなくいつもそばにある、あると便利だったものをなくすと「ああ、“ある”と便利だったんだな…」とあらためて気づく。モノをなくしてしまうのが人生だ。どんだけ気をつけていてもなくなるときはなくなる。どれだけ推敲しても誤字脱字や誤植が必ず発生するように、モノは定期的になくなることになっている。最近も普段絶対使わないのにいつも小物入れのなかでカタカタ鳴っていたギターでボトルネック奏法をするためのスライドバーが神隠しにあったように見つからなくて、楽器屋にいくと結構高くて悔しくて、ハードオフまで出かけて500円で見つけて買い直した。モノをなくしても「まあ、そういうものさ」とくよくよしないほうがいい。仕方ない。

しかし、なくしたと思っていたモノが思いもよらないところから見つかることもある。「思いもよらないの」はだいたい自分の記憶喪失のせいなのだけど、なにかの歌の歌詞ではないが探すのをやめたときに見つかることが多い。なくしたはずのお気に入りのバッジ、ハンカチ、500円玉なんかは季節の変わり目に久しぶりに着る洋服から出てくることが多い。そのときの嬉しさ、多幸感、なにかとてもプライスレスなご褒美をもらったような気分、あれはなんだろうかと思う。誰に言うでもない、誰にもわかってもらえない歓び。なくすことと見つかることは紙一重の背中合わせだ。

なんでこんなことを書いているかというと、なくしたと思って落ち込んでいたiPad用のApple pencilと大事に使っていた水筒がどっちも揃って思いもよらないところから今朝見つかったからだ。とても嬉しくて幸せ。よかった。またいつか何かをなくすかもしれないけれど、同じように失われたはずの何かが見つかるのだろう。そういうことになっている、世界は。

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Posted by monolog at 23:13│Comments(1)
この記事へのコメント
夕べまさに!
組み立てていたちっちゃなパーツが脚元に落ちたのが見つからず
あかずの袋(片付け途中の)と思い込んでいた収納物を見たけど見つからず全部出し隈無く出したらその袋はお宝が入った大事なセットでした。最後の最後に角にちっちゃなパーツ発見。
全然落とす事の無いようなパーツだったし、ここのところ「アレ、何処にしまったんだっけ」が妙なきっかけで見つかりOMG→逆転の幸せ。有難いです。
Posted by 神隠し at 2026年08月09日 16:02