オリンピックと思い出ぽろぽろ
ベランダのニガウリに花が咲き朝から驚喜。しかしバジルと青じそが虫に喰われてしんなりしている。果てなく続くかと思えるオリンピック開会式を見ていて世界は広いな、というか、どこまでも「ある」な、と思いました。
いつも4年に1回のこのタイミングで思い出すのは高校時代の体育祭で、入場行進のときに3年4組(僕は3年2組の私立文系クラスだった)だけが「USA式入場だ」と言い張り足並みをまったく揃えず来賓のテントに向かって手を振りながらダラダラと行進して、体育教師にすごい勢いで怒られていたのが面白かった。
この体育祭では、3年生が中心になり応援団を構成して応援合戦をやらなければならず、何事にも無気力だった僕らは応援団長選出に難航し、団長を拒み続ける(それでいてリーダーシップの強い)Sくんと仲良しグループの僕ら数名は、親不孝通りでしこたまお酒を飲んだ後、天神の警固公園というところで話し合いをし、「おまえらのうち誰かがこの池に飛び込むくらいしたら団長しちゃるばってんな」と意地でもつっぱねようとするSくんの言葉にNくんが痺れを切らし、服のまま池にザブーンと飛び込んで(スローモーで見えた!)泣きじゃくりながら「おれはお前が団長やるなら死んでもついてゆくっちゃ!」、それに続いて僕らも「おれもたい!」「おれもくさ!」とみんなが声を荒げる。うつむいていたSくんが一呼吸おいて「わかったちゃ」と言った瞬間にそこにいたみんなが感極まって泣き笑いした、という春まだきの寒い夜のエピソードというのがあって、「tsubomi」という曲の「17歳の頃流した涙思い出して笑う」という歌詞の下りはこの出来事を指しているから、自然とこのクソ暑い時期に僕は「tsubomi」という曲を思い出すことになる。
ちなみに僕は応援団の中で太鼓を担当し、太鼓の叩き過ぎで手の皮がむけるという最初で最後の体験をする。高校からチャリで30秒の距離にあった僕の家は応援団合宿所となりました。当時うちにはアキちゃんという猫がいた。続く。

Posted by monolog at 10:59│
Comments(4)│
TrackBack(1) │
この記事へのトラックバックURL
第28回夏季オリンピック・アテネ大会の開会式は13日夜(日本時間14日未明)、アテネの五輪スタジアムで華やかに開会式を行い、第1回近代五輪を開いた「生誕の地」への、108年ぶりの回帰を祝った。テロの不安が消えない世界情勢の中、スポーツの求心力を証明するよ
五輪開幕【かずちんのひきこもり日記】at 2004年08月14日 15:55
このストーリーを読んでから「tsubomi」のPVを見なおすと、さらに良いですね。ミュージシャンって、思い出を作品にして形にして残すこともできるし、逆に作品にして自分の中から「手放す」こともできるから良いですね。
山田さんは、福岡の高校に行ってたのか…・。
僕の高校は佐賀県なんですけど周りになにもないのと
福岡から来てる同級生が多かったのと、佐賀市なんかに
行くより天神のほうが近かったので遊んだりするのは
福岡だったのです。
この「tsubomi」の入っているアルバム「neon,strobe and flashlight」というタイトルを初めて見たときに思ったことがあって、80年代のサリンジャーとか言われて登場した小説「bright,lights,big city」という本のタイトルと語感や雰囲気が似ているな、と。本の内容と重なる部分はないけど、このアルバムのタイトルの雰囲気がすごく好きです。
そうですねー。「neon, strobe〜」のタイトルはマキナニーの「BLBC」を意識していた気がします。
「レスザンゼロ」とかアメリカの退廃的な部分をフォーカシングする人で、大学生のときに読みました。